君と一緒に恋をしよう
#16『朝顔の花』
それからすぐにテストが始まって、終わって、もうすぐ夏休みが始まる。
朝顔の芽はあっという間に蔓をのばし、青い花を咲かせた。
最近は学校が終わると、津田くんと一緒に花壇まで降りていくのが、毎日の日課になっている。
「夏休みは、朝顔はどうするの?」
「学校の技術員さんに、世話を頼めるんだって。だけど、何回かは生徒会総務で学校に来ないといけないし、登校日とか、公園掃除もあるから、その時には、ちょこちょこのぞきに来るつもり」
彼は私が記録をつけるのを見届けてから、自分の部活へと向かう。
「じゃ、またね、バスケ、頑張って」
「おう、お疲れさま」
彼と分かれた後、私は一人、正門の方へ向かって歩き始めた。
「小山」
目の前に、市ノ瀬くんが立っていた。手に何か紙を持っている。
「夏休み中の、公園掃除の当番希望表だけど、お前どうした?」
「まだ出してない」
本当は、市ノ瀬くんと合わせたいと私も思っていた、でも、そんなことを自分から言い出すのも恥ずかしかったし、あんなことがあった後で、変に思われたくないから、言えずにいた。
「一緒にしてくれると、助かるんだけど」
彼は横を向いて、そんなことを言う。
締め切りの、ギリギリまで待って相談しようかと思ってた、彼の方から、言ってきてくれて、よかった。
「その方が便利だもんね」
彼にしてみれば、部活の忙しい日に設定して、私に頼めば行かなくても済むわけだし、私にしても、市ノ瀬くんは部活でしょっちゅう学校に来ているのだから、どうしても行けない日には休める。
「便利とか、思ってねーし」
彼はポケットから、もう一枚別の紙を取り出した。
「上川先輩から、一緒に出しといてって頼まれたんだけど、見る?」
それは、先輩の当番希望表だった。
私は、先輩が自分で書いた自分の名前の文字を、初めて見た。少し斜めに傾いた、シャープな筆跡だった。
「見る」
私たちは、木陰に移動した。
彼はサッカー部の予定表と、上川先輩の当番表をつき合わせて、色々と私に説明してくれる。私はそんな彼の忠告に従って、自分の希望表を埋めていく。
「ついでに、これもやるよ」
彼が差し出したのは、部員だけに配られる、夏休みの活動予定と、練習メニューの一覧表だった。
「掃除当番の希望表も、ついでに出しといて」
そう言って、三人分の用紙を私に押しつけると、彼は振り向きもせずグラウンドへ走っていった。
A4の紙たった3枚が、こんなに重たいと感じたのは初めてだ。
私は、このまま校舎に戻って、生徒会室に提出しに行かなくちゃならないのかな? 何で私が? なにやってんだろ。
どうして上川先輩の分まで、私が提出しなきゃならないんだろう、変に思われないかな「あれー、どうして持ってんの?」とか、淸水さんに言われたら、何て返事したらいいんだろう。
だけど、受け取ってしまったものは、仕方がない、私には、生徒会室へと向かわなくてはならない義務が、出来てしまったのだから。
ドアを開けると、そこにはいつものように立木先輩と淸水さんと、仲良しの執行部がたむろしていた。
「あ、志保ちゃん、いらっしゃい」
にっこりと笑って出迎えてくれるのは、いつも立木先輩だけだ。
私は、彼に紙を差し出した。
「三人分? ありがと」
先輩は、それぞれ提出者の名前を確認する。
チェック表に印をつけて、その内容を確認して……、私は声をあげた。
「やっぱり、返してください!」
机の上から、自分の分の当番表を奪い取る。
こんなの、そのまま提出しちゃダメじゃない、調整するのは、本部の人たちなんだよ? 淸水さんも見るんだよ?
どうして私と市ノ瀬くんと上川先輩の希望が、全部都合良く一致してんの?
絶対おかしい、こんなの不自然きわまりないじゃない!
「消しゴム、貸してください」
私は自分の希望を、一気に全部消した。
あんまりゴシゴシこするものだから、紙の端が少し破れてしまった。
それでも全部を消し去って、なんにもなくなった紙を見る。
希望? そんなもの、自分にあるわけない。
私は紙に、適当に◯をつけていった。どうしてもダメな日は×?
全部を×にするくらいなら、全部に〇をしてしまおう、その方が、多分きっとずっといい。
私は夏休みの全ての日付に、◯をつけて返した。
「本当に、これでいいの?」
立木先輩が、心配したように見上げる。
「はい、大丈夫です。私、基本暇なんで、それに、自分が植えたいってお願いした朝顔のことも気になるし、そちらで都合のいいときに、適当に入れてください、毎日でも大丈夫です」
カッコのいいセリフを見つけるのは、私の得意中の得意技、変な誤解をされて、後でイヤな思いをするくらいなら、この方がいい。
「本当に? 本当に、君がそうしたいと思ってるんなら、それでいいんだけど」
立木先輩は、差し出された書類を受け取った。
「こっちで、出てくる日は調節するね」
一礼して、私は生徒会室を飛び出した。
飛び出したところで、上川先輩とぶつかった。
「うわ、びっくりした、どうした?」
「す、すみません」
何て言おうか、どうしようか、ここで何か言っておかないと!
「市ノ瀬くんに頼まれて、先輩の掃除当番表も、一緒に出しておきました。二人とも、仲良しなんですね」
「あぁ、アレね」
上川先輩は、ふっと息を吐いて顔を横に向ける。
「アレは市ノ瀬に見せろって、さんざん言われたんだよ、俺は全部サボってやろうと思ってたのに、なんだかんだ言って、アイツに全部書かされた」
先輩は、思い出したように笑った。
「アイツ、なに企んでるんだろうな、面白いから、別にいいんだけど」
彼は私とは目を合わさずに、どこか違う遠いところを見ている。
「あんだけ言っといて、市ノ瀬がサボりやがったら、絶対許さねーからな」
上川先輩は、笑っていた。
私はそこから逃げ出す。
何よそれ、何だそれ、やっぱり、書き換えといてよかった、なんでそんな余計なことをするんだろう、もう市ノ瀬くんとは、何も話したくないし、関わりたくない。
校舎を出ると、目の前に朝顔の花が広がっていた。そこには、市ノ瀬くんが立っていて、やっぱり勝手に水をやっている。
「紙、出してきた?」
「うん」
私はぐいぐいと、水道の栓を閉める。
水やりはちゃんとこっちで管理してあげてるんだから、好き勝手適当に、知りもしないで、やらないでほしい。
彼の手から、ホースを取りあげる。彼は黙って、片付けを手伝った。
「これから部活?」
「うん」
「いってらっしゃい」
私はそのまま彼に背を向けて、ネットに絡みついた朝顔の、しぼんだ花びらを摘み取る。
背伸びしても届かない花を、市ノ瀬くんが摘み取った。
「はい」
そのしおれた花を、私の手の平に落とす。
「ありがと」
彼は黙って、その花を見つめていた。
私は何をどうしていいのか分からなくて、同じように黙ってうつむいたまま、じっと彼が立ち去るのを待っている。
1秒でも早く、どこかに行ってほしい、そう思った瞬間、彼は花壇から出て行った。
結局、配られた当番表は、市ノ瀬くんと上川先輩は、ほぼ希望通り一緒に当番に入っていて、私とは全く無関係な、違う組み合わせになっていた。
彼は何も言わなかった。