君と一緒に恋をしよう
#17『夏休み』
夏休みになった。私は存分に暇をもてあましていて、立木先輩に誘われて、生徒会執行部の手伝いをすることになってしまった。
休み明けですぐに始まる学園祭の準備を、この間に始めておくらしい。
分かっている人が多いと、やりやすいからと、淸水さんにも説得されて、特に断る理由もなかったし、そのまま入れられてしまった。
おかげで、週2の登校を余儀なくなれている。
何日も晴れが続いた日に、私は今を盛りと咲き誇る朝顔たちに水をかけた。
今日も後ろにアイスをくわえた津田くんが来ている。週2で登校してるということがバレてから、時々こうしてやってきては、ここで暇をつぶしていく。
「宿題、どこまでやった?」
「なんでそんなこと聞こうと思った?」
そんなどうでもいい会話をぼそぼそと交わしながら、津田くんが来た時には、彼が帰っていくまで私はそれにつき合っている。とはいっても、長くて15分程度だ。
作業を終えた私は、彼の隣に腰を下ろした。すぐに彼は、アイスを差し出す。私はそれを、特に何も考えずに一口もらう。それが約束のようになっていた。
今日は、いちごの入ったバニラアイス。
「おいしい?」
「うん」
「今まで食べた中で、何が一番好き?」
私は彼を見上げた。
そういえば、毎回全部違うアイスだったな、津田くんは、私に食べさせるためにアイスを選んでたの?
「シャーベット系が好き」
「何があったっけ」
「レモンとか抹茶、すいかバーも好き」
「すいかバー、買ってきてたっけ」
「うん」
彼は笑った。
「じゃあ、今度からそっち系にする」
私は、口の中に残った甘い液を飲み込む。
「チョコとかも好きかも」
「チョコ?」
「バニラもいちごも好き、チョコミントとかも、実は結構好き」
「全部じゃねーか」
彼は笑ったけど、本当のことだから仕方がない。
「じゃあ今度、一緒に買いに行こうよ」
そう言って津田くんは立ち上がった。
「今度の金曜日、ここで試合があるから、見にきてよ、生徒会で学校にも来るんでしょ」
私も立ち上がる。今日はこれで帰れる日だ。
「分かった」
彼が小指を差し出すから、私はそれに自分の指を絡める。
「じゃ、約束ね」
津田くんは手を振ってから、走っていった。
そうだ、千佳ちゃんと約束してたんだった、夏休み、津田くんの試合があったら一緒に見に行くって。
私は、校舎の茶道部が入る建物を見上げた。
そういえば茶道部って、いつ活動してるんだろ、少なくとも、私が登校してる火・金じゃないな。
携帯を取り出した。千佳ちゃんに、金曜の試合の連絡をメッセージで送ったら、すぐに返事が返ってきた。
私は生徒会活動の合間に見に行くと返事を打って、それを閉じた。
そのバスケ部の試合当日、学校に来てみると、体育館の周辺はいつもと雰囲気が違っていた。
やっぱり、他校の生徒が来ているとなると、何となく分かる。いつもは何もないところに、マイクロバスとか、見たことのない車が停まっていたりするからだ。
その日は、体育館で一緒に練習しているバレー部の奈月は、外で筋トレをさせられていた。
「おー志保ー! あっついね、今日も生徒会?」
彼女が手を振る。私は「そーだよー」と返して、大きく手を振った。
学園祭の準備は、着々と進んでいる。学校のご近所と、駅から学校までの通りにあるお家に配る、開催のお知らせプリントを刷り終わった。
ご近所特別優待の、生徒会発行チケットをつけて、ポストに入れて歩く。真夏の太陽が、容赦なく頭上から照りつけて、戻って来た学校のグラウンドでは、サッカー部が日陰で休んでいた。
上川先輩は、誰よりも一回り体が大きいから、どこにいてもすぐに分かる。市ノ瀬くんとも目が合ったような気もするけど、特に何の反応もなかったから、そのまま通り過ぎた。
生徒会室に戻って、各クラスや部活が出す、出し物の規準を見直す作業に入った。
高額な商品を販売しないとか、賭け事やくじ引きみたいな景品は、どこまで許すかとか、去年の苦情や反省を参考にしなから、音響の高さまで設定を見直していく。
私は、時計の針を見上げた。もうすぐ2時になる、津田くんの試合って、何時までだったっけ。
「ちょっと、抜けてきますね」
どうせ机に座って、話しを聞いているだけの自分だ、生徒会室を飛び出しても、引き留める人は誰もいなかった。私は急いで体育館に向かう。
全面開放された体育館には、他の運動部からも観客が押し寄せていた。歓声があがる。
私はその群衆の中に、奈月の姿を見つけて割り込んだ。
「津田くん、いま試合出てるよ」
選手たちの動きが速すぎて、たった10人の中からでも、その一人を探すのは難しい。
ボールがコートを横切った。パスを受け取ったのは、津田くん!
彼はそのままドリブルで走ると、相手デフェンスをくるりとターンでやり過ごして、シュートを決めた。
体育館の中で、ひときわ高い歓声が上がる。そこに千佳ちゃんと、同じ茶道部の女の子が応援に来ていた。
手を振ってみたら、彼女たちは気づいて振り返してくれたから、よかった。
試合終了のホイッスルが鳴る。次の試合までのインターバルだ。
津田くんはチームで集まっている。私は体育館の外側をぐるっと回って、千佳ちゃんの元に駆け寄った。
「見にきてたんだ」
「え、なに? どうかした?」
「いつから来てたの?」
「津田くん、かっこよかったよー、さっきもシュート決めてて」
「うん、見た見た」
「見たでしょー!」
「最後まで試合、見ていくの?」
「う~ん、分かんない」
彼女は友達と顔を見合わせて、私には苦い顔で笑った。
「まぁ、見てもあんまり分かんないしね」
「あのさ、後で津田くんが……」
「あ、試合始まったよ!」
千佳ちゃんが、コートを指差した。最初のジャンプボール、それを受け取った選手からのパスを、津田くんが受け取った。
千佳ちゃんの上げる黄色い声が、会場全体に響き渡る。
ちょっと恥ずかしくない? だけど、応援だから、これでいいのかな?
「で? 津田くんがなに?」
「えっと……」
すぐに次の攻撃が始まる。一瞬も目を離す隙のない試合運びに、千佳ちゃんの意識は、全くこちらにむいていない。
「何でもない、後で会いに行く?」
「え、そんなこと、いま言われても分かんないよ」
ゴールが決まった。千佳ちゃんが喜んでいる。ダメだ、今の彼女には、何を言っても聞こえてない。
「じゃあね」
「うん、ばいばい」
彼女はお友達と二人、必死で津田くんを応援している。私は、なんかちょっと置いて行かれたような気がして、奈月のところに大人しく戻った。
「津田くん、かっこいいね」
「うん、そうだね」
奈月がそう言うから、私は返事をした。確かに、こういう言い方もなんだけど、キラキラ光る汗がまぶしいっていうかなんていうか……。
「青春って感じだよね」
そう言うと、奈月はプッと吹き出した。
「そうだね、青春だね」
奈月には分からないかもしれないけど、帰宅部から抜け出したばかりの、準部活生の私には、まだこういう青春はやってきていないのだ。
「なんだよ、お前らも見にきてたのか」
市ノ瀬くんの声だった。試合開始からずいぶん時間がたって、少し観客の減った体育館、彼は私の隣に肩を並べた。
「おー、津田も頑張ってんなー」
その声が本当に聞こえたのかどうかは分からないけど、津田くんがこっちに視線を向けた。
それに気づいて三人で手を振る。彼はにっと笑って、片手を上げた。
「いや~ん、かっこいい!」
奈月のその声と言い方に、私と市ノ瀬くんは笑う。
「あいつ、そういうところは上手いからなぁ」
「あんたも見習えば?」
言われた市ノ瀬くんのスローすぎるローキックが、言った奈月の足に当たった。奈月は笑いながら平手打ちで彼に反撃して、私はそれを見て笑っている。
試合終了のホイッスルが鳴って、うちの学校のチームが勝った。
その瞬間、興奮した千佳ちゃんとそのお友達が、歓声をあげてコート内に駆け込んだ。会場全体が「えっ?」ってなった瞬間、彼女たちはそれに気づいて、すぐに元の場所に戻る。
がんばれ、千佳ちゃん!
そのままの流れで、何となく一緒に帰る約束をした私と奈月、市ノ瀬くんは、終わる時間を合わせて集まった。夏のおかげで、夕方の空はまだ明るい。
生徒会室を出て、最初に待ち合わせ場所にたどりついた私は、久しぶりにわくわくしていた。
自分でも、何がそんなに楽しくさせているのか分からないけど、教室でいつも顔を合わせている三人で、待ち合わせをするのがうれしかった。すぐに、市ノ瀬くんがやってくる。
「おー、早かったな」
「生徒会総務の仕事、夏休み明けたらいっぱいあるよ」
そう言ったら、彼はうれしそうに笑った。
「なんだよそれ、やってらんねーな」
そう言う彼は、ちっとも嫌そうに見えないけど、私も妙に楽しい。奈月もやって来て、私たちは正門に向かって歩き始めた。
途中で千佳ちゃんと、一緒に応援していたお友達と、津田くんとそのお友達が、4人でしゃべっているところに遭遇した。
私たちは遠くから、彼に大声で今日の活躍を誉めちぎって手を振った。彼も、笑って手を振り返してくれた。
私たち三人は、三人とも同じようにふざけていた。どうでもいいような、くだらない話しをいっぱいして、意味のない冗談ばかりを言って笑いあった。
みんなで一緒に、駅前でアイスを買って、食べてから別れた。
その日の夜、お風呂から出てきた私の携帯に、一通のメッセージが入っていた。
誰かと思ったら、市ノ瀬くんだった。
『サッカーも見に来て 上川先輩もいるし』
その、たった一行の文字列で、なぜか私はさっきまでの楽しかった記憶を、一瞬にして吹き飛ばしてしまった。
どうして彼は、こんな内容をわざわざ私に送りつけようと思ったんだろう、そして実際に、なんで送ってきちゃったんだろう。
私は変に、めちゃくちゃ腹が立って、返信もせずにそれをベッドに投げた。
電気を消して布団をかぶると、そのままぎゅっと目を閉じた。