君と一緒に恋をしよう
#20『新学期』

 夏休みが明けた初日、私が駅の改札を出ると、目の前に市ノ瀬くんが立っていた。

「おはよう」

 ぼそりと彼がつぶやいて、私も同じように返事を返す。

 私が歩き出したら、彼は勝手についてきた。こんな風に、待ち伏せ的なされ方は、本当に困る、なんでこんなことをするんだろう、恥ずかしいからやめてほしい。

 構内を出てからも、彼はずっと黙って歩いていた。別に無言なのは構わないけど、気まずいのは嫌だ。

「今日、午後から生徒会総務あるよ」

「知ってる」

 いつもなら、「えー!」とか、「マジか」とか言って嫌な顔をするのに、今日は素直な返事をした。

「部活は?」

「……生徒会終わってから行く」

 疲れてるのかな、それとも体調悪い? 

 いつもはうるさいくらいに元気でバカなのに、今日はやたらと大人しい。もしかして、機嫌まで悪いのかな?

 何かを話しかけようとして、何を言っていいのか分からなくなった。

 彼の機嫌をとるような、陽気で明るい話しを振ればいいのか、それとも冗談とイヤミの中間みたいなことを言って、怒らせるような、だけど笑えるような、そんなネタフリをした方がいいのか、

 だけど、そんな上手いセリフが、今の私にはすぐに出てこない。

「朝顔、まだ咲いてるんだな」

「種は学祭で配る予定なの」

 そう言ったら、彼はぷっと笑った。

「そんなの、欲しい奴いるのかよ」

「いるよ、絶対いる! だって、ここに一人いるもん!」

 私は勢いよく、自分の手を挙げた。

「あはは、そんなのこの世でお前だけだって」

「ちょ、この世は言いすぎじゃない?」

 私が怒ったフリをしたら、彼は笑ってくれた。

 よかった、別に怒ってたわけでも、機嫌の悪かったわけでもないみたい。

 そこから先は、二人でずっとくだらない冗談を言って、ずっと笑いあって、階段を駆け上がり教室に転がり込んだ。

 教室に入ってしまったら、そのテンションを保っておくことが難しくて、私は彼にこっそり手を振る。

 彼もそれに気がついて、小さく振り返してくれた。よかった、普通に話せて、これでちゃんと、生徒会にも行ける。

 席についたら、しばらくしてから津田くん教室に入ってきて、「おはよう」と言って席についた。最近彼のところには、すぐに千佳ちゃんがやってくる。

 彼女がずっと一人でしゃべっているのを、津田くんは黙って聞いてあげている。そういうところは、優しいなって思う。

 奈月も教室に入ってきて、バカ男子軍団と騒いでいる市ノ瀬くんを見て笑った。それから彼女は私のところにやってきて、いつものおしゃべりが始まる。

 夏休みが終わって、新学期が始まった。

 10月頭の休日に設定されている学園祭に向けて、生徒会の準備が始まった。

 始まったといっても、夏休み中から本部の態勢はそれ一色だ。集められた各クラス、部活の代表者に、日程表と出展規約、申し込み用紙など、大量の資料が配られた。

 立木生徒会長からの説明が終わって、解散になる。

 隣に座っていた淸水さんは、他の人たちからの質問に対応していた。

 今日は上川先輩が来ていなくて、その代わりに市ノ瀬くんが、サッカー部代表として、資料を二部もらっていた。

「そっか、上川先輩は、クラスの代表じゃなくて、部活の代表で来てたんだね」

「部長だから」

 そう言ったら、市ノ瀬くんは呆れたようにため息をついた。

「おま、そんなことも知らなかったのかよ」

「何よ、知らなかったら、なにかいけないわけ?」

「別に」

 彼は立ち上がった。

「俺は今から部活に行くけど、小山はどうする?」

 私は彼を見上げた。彼も私を見下ろす。どうするもなにも、市ノ瀬くんはそのまま部活で、私は生徒会本部の打ち合わせだ。

 どういう返答を彼が求めているのか、それを考えてみた。

『きゃーステキ! がんばってね!』

『生徒会総務、手伝ってくれんの?』

『私も見に行きたいなぁ~』

『サッカーしてる時は、まだ見れるのにねぇ』

『また試合の時は、誘ってね』

 ……。誘ってねは、おかしくない? それは、誘われたらまた行くってこと? 

 たとえ私がそう言っても、社交辞令だって、分かるよね、本気で誘ってきたりしないよね? もしそうなっても、断っても大丈夫なやつだよね? 

 じゃあ社交辞令ってことにして、言ってみようかな。

「またさ、しあ……」

「あぁ、これから生徒会か」

「うん」

「ゴメン、じゃ」

 彼はさっさと、生徒会室から出て行ってしまった。まぁ、それが本来の正解な行動なんだから、全くの問題はないんだけど……。

 じゃあ、なんであんなことを言ったの? 聞いてきたの? 変なの。

 立木先輩に呼ばれて、私は執行本部の輪に入った。

 予算申請とその振り分け、学校行事に関する保険の契約とかもしなくてはならない。クラスに戻れば、出し物の話し合いもしないといけないし、やらなくはならないことが山積みだ、私には今、余計なことを考えている暇はない。

 生徒会が終わって、解散になった。副会長の淸水さんと、立木先輩はまだ話しをしている。

 何か声をかけてから帰ろうと思ったけど、二人の邪魔をしてはいけないような気がして、私はそのまま部屋を出た。

 日が落ちるのが早くなった。

 急に花壇の朝顔が気になって見に行ってみると、津田くんがしおれた花を摘んでいた。

「え! 花をとってくれてたの?」

「うん、まぁね」

 彼の手の平には、摘み取った花がある。

「もしかして園芸部入る?」

「それは違うと思う」

 私の言葉に、彼はぷっと笑った。

「生徒会、終わったの?」

「うん」

「じゃあ、一緒に帰ろう」

 彼は、鞄を手に取って歩き出した。

「夏休みに、ここで毎回アイス食ってたの思い出してさ、愛着が湧いてきた」

「ホントに?」

「うん、花が終わったら、俺どうしよう」

「種! 種をさ、学祭の園芸部で配るの! もらってきてあげるね」

「え? それはいい」

「なんでよ」

 私が怒ってグーパンチを入れたら、彼は笑った。

 正門に向かって歩く。部活終わりで、サッカー部もフェンスから出てきていた。

 私は隣を歩く津田くんの向こうをのぞき込む。

 あぁ、いたいた、市ノ瀬くんと……、奈月だ。

 何かをしゃべってる。その後ろから続々と部員が出てきているのに、あんなところに立ってたら、邪魔じゃないの? 何してんだろ。

 市ノ瀬くんが、こっちに気がついた。私と目があったはずなのに、何も反応しないから、私もそのまま通り過ぎる。

「そっか、みんな、部活が終わる時間なんだね」

「下校時刻は決められてるからね」

 いつも生徒会で掃除をしている公園を通り抜ける。定期的に掃除を始めたおかげで、苦情も減ったし、うちの学校の生徒がたむろすることも少なくなった。生徒会活動は好評だ。

 津田くんに、「アイス食べてく?」って言われたけど、私だってそんなにアイスばっかり食べてるワケじゃない。「いらない」と断って、まっすぐ駅へと向かった。

 家に戻って、携帯を見つめる。このまま市ノ瀬くんに連絡してもいいし、奈月に連絡を入れてもいい、津田くんでもいい。でもなにを? なんて打つ? 

 しばらく考えたけど、いいセリフが思いつかなかった。

 私はあきらめて、布団にもぐると目を閉じた。

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