君と一緒に恋をしよう
#21『相談』

 クラスでの出し物を決める話し合いがあって、提出できる第三希望までが決定した。

 このうちのどれになるかは、出し物の偏りを防ぐための委員会で調整を経てから、正式決定する。

 うちのクラスの第一希望は喫茶店、第二希望は屋内プラネタリウムで、第三は縁日屋台になった。

 それを持って生徒会室に行くと、立木先輩が言った。

「喫茶店は競争率高いからね、縁日屋台に制限はないからそこは間違いないけど、プラネタリウムかぁ~、どうやってするの?」

「まだはっきり決めてないけど、クラスに星の好きな子がいて」

「そっか、そのあたりがはっきりしないことには、許可が下りにくいかもしれないよ」

「はい」

 今日は提出の締め切り日、出し物調整の委員会は明日だけど、その会議は毎年白熱するらしい。

 部活関係の出し物はいつものことで、それぞれの住み分けが出来てるみたいだけど、クラスの出し物に関しては、総務のプレゼン力が決め手になる。

「市ノ瀬くんと二人でがんばって、作戦考えないとね」

 先輩からそう言われて、私は我に返った。そうだ、話し合いは明日なのに、何にも考えてない。

「大丈夫?」

 突然動きの止まった私に、立木先輩が声をかけてくれた。

 その時、淸水さんと上川先輩が、一緒に生徒会室に入ってくる。

 二人は、今日はとても仲がよかった。

 体育祭の時に見た、彼女の髪に頬を寄せる先輩の姿が脳裏に蘇る。この前は、喧嘩してただけだったのかな? 淸水さんが冗談を言って、上川先輩が笑う。

 彼が立木先輩に紙を渡すと、淸水さんはまた、私と立木先輩に冗談を言って笑った。

「じゃあ、また明日ね、明日はよろしく!」

 淸水さんが謎のガッツポーズをして、また二人で部屋を出て行った。

 忙しい人だな、笑ったり泣いたり、一緒にいるのなら、それだけで楽しくはないのかな、何でだろう。

 立木先輩は、集まった用紙の数を数えている。

「あの、先輩」

「なに?」

「淸水さんと上川先輩って、つき合ってるんですか?」

 そう聞いたら、立木先輩はプッと吹き出して、困った顔をした。

「あのね、それ、誰から聞いたの?」

「いえ、なんとなく」

 立木先輩は片目をつぶって、人差し指を自分の口元にあてた。

「それ、絶対にあの二人に直接聞いちゃダメだよ」

「なんでですか?」

「なんでも」

 彼はそのまま、紙を数え始めた。この話は、もうしない方がいいらしい。

 私はしばらくそれをながめていたけれども、軽く一礼をしてから部屋を出た。

 私の頭の中で、淸水さんと上川先輩のことが、ぐるぐると回っている。

 どうしてだろう、あんな優しくていい人が、誰かと喧嘩したりなんか、するのかな。

 そうだ、市ノ瀬くんと相談しなきゃ、今は部活の時間か、だからもっと早くクラス会をしようって言ったのに、こんなぎりぎりになって決めるから、こんなに慌てないといけないじゃない。

 グラウンドのフェンスにつくと、まだ部活が始まる時間にはなっていないようで、何となく自主練してたり、みんなでだらだらしゃべったりしてた。

 その中に、市ノ瀬くんの姿を探す。

 見つけた、私が大きく手を振ると、彼はすぐに気がついて、そのまま手招きすると、フェンスから出てきてくれた。

「なに?」

「明日の生徒会、クラス総務のプレゼンがあるよ、どうする?」

「あぁ」

 彼は、ぽりぽりと頭を掻く。フェンス越しに、上川先輩の姿が見えた。

 淸水さんと分かれて、こっちに来たのかな、そういえば、彼女は何か部活やってたっけ? 生徒会だけだったっけ? あれ? 園芸部?

「でもさ、喫茶店はもともとダメ元で、第二のプラネタリウムが本命だろ? 縁日は確実に当たるし」

 上川先輩みたいな人が、怒ったり、変なことしたり、間違ったことをするなんて、想像できない。先輩はボールを取り出すと、リフティングを始めた。

 膝の上で飛び跳ねるボールが、規則正しく上下する。

「明日、北見に連絡して、生徒会に出てお前がプレゼンできるかって、聞いてみる。多分その方が、気合い入るし、外れても納得いくと思うから」

 もし、隣にいるのが彼女じゃなくて、私だったら、どうするだろう、きっと毎日が楽しいに違いない。

 部活の帰りを待ったりするのかな、学年も違うから、学校で会う確率は少ないな、そういえば、おうちって近いのかな、遠いのかな、やっぱり電車通学だよね、駅では見かけたことないかも。

「ねぇ、聞いてる?」

「え? うん、じゃあ、それでいっか」

「さっきから、どこ見てんの?」

 彼が、ちょっとムッとしたような言い方をした。

「え? あぁ、ゴメン」

 市ノ瀬くんは、私の視線の先を追う。上川先輩の姿を見つけて、ため息をついた。

「あのさ、何しに来たの?」

「なにしにって、話し合いに来たんじゃない」

「別にどうでもいいって感じだよね」

「あ、謝ったじゃない!」

 彼は私を見下ろした。私が上川先輩を見ていた事は、この人にバレてる。

「練習、見たければ見ていったら」

 彼はそんな捨て台詞を残して、フェンスへ向かって走って行く。

 なによ、あの態度! 確かにまともに話しを聞いていなかったのは自分だし、それは悪かったと思ってるけど、だけど、それはちゃんと謝ったじゃない!

 私は歩き出した。

 大体、自分がめんどくさいから、その日は早く帰りたいとか言って、クラス会をぎりぎりにしたくせに! 

 今日の明日で呼び出される北見くんだって、迷惑だよね、何考えてんだろ、ホント信じられない!

 正門の前で、ちらりとフェンスを振り返る。練習が始まっていた。

 本当は、ちょっと見ていってもいいかなーなんて、思ってた。

 だけど、今こんな言われ方した後で、のんきに練習なんて見ていられない。フェンスには梨愛の姿があって、誰かに手を振っている。

 誰だろ、市ノ瀬くんかな、そんなこと、どうだっていいんだけど!

 一人で駅へ向かって歩き出す。

 謝ったよね、私、ちゃんとゴメンねって謝ったよね、だったらさ、まぁいいけどーとか、別にーとか言って、流すのが普通じゃない? それなのにどうして、あの人はあんな言い方しか出来ないんだろう。

 私は、深いため息を吐く。

 あぁもう、あれだけのことなのに、もう明日は学校に行きたくなくなった、教室で顔も合わせたくもない、放課後のプレゼン、どうやってサボろうかな。

 一日中そんなことを考えながら過ごして、それでも朝が来て電車に乗った。

 今朝も、もし通学路で市ノ瀬くんと同じになったら、今日は走って逃げようと思っていたのに、声をかけられることもなかった。

 なんだ、よかった。やっぱり私は、気にしすぎだ。

 正門から校内に入る。グラウンドではサッカー部が朝練から上がってくるところで、あぁ、今日は朝練だったからいなかったんだと、気がついた。

 別に、どうだっていいんだけど。

 なんとなく、すぐに教室には上がってしまいたくなくて、朝顔の花を見に行った。

 まだいくつかの花が咲いていて、だけど、固い緑の実が、種をつけ始めている。

 もう夏も終わったんだな。

 しおれ始めた花を摘んでいたら、津田くんがやってきた。

「おはよ」

 私から声をかけたら、彼はいつものようにその場にしゃがみ込んで私を見上げている。

「その格好、好きだね」

「アングルがいいからね」

 なんだそれ、とは思ったけど、特に気にしないでおく。

 枯れてしまった葉もいくつかちぎって、それでおしまい。後ろで津田くんが立ち上がる音が聞こえて、振り返ったら市ノ瀬くんと奈月が来ていた。

「よお」

「おはよ」

 市ノ瀬くんからの無愛想な挨拶に、私の代わりに津田くんが答えた。

「今日のプレゼン、北見に頼んどいたから、来てくれるって」

「分かった」

 それから彼は、まだ何かを言いたそうに、津田くんを見たり私を見たり、しばらくもじもじとしていたけれども、「ま、いっか」と、ぼそりとつぶやいて、そのまま背を向けた。

 なんだそれ、何かいいたいことがあるのなら、はっきり言えばいいのに、なんでそれを言わないんだろう、昨日のこと? それとも、プレゼンのこと? 

 全く違う生徒会総務のことだったのかな、公園掃除? でもそれだったら、べつに「ま、いっか」じゃなくて、言いたいこと言えばいいことじゃない。

 みんなの前では言えないようなこと? 学校のこと? クラスのこと? 何だったんだろ。

 教室に戻ってからも、ずっとそのことが気になって、ついつい彼の姿を目で追ってしまう。

 新学期になって席替えがあったから、もう隣に津田くんはいない。市ノ瀬くんは私の斜め前だけど、3列先のずっと遠くで、彼のすぐ後ろが奈月の席になった。

 休み時間、奈月と市ノ瀬くんが何かをしゃべっていて、私が何気なく顔を上げると、彼と目があった。

 私はふっと自然にその視線を外して、別の女友達としゃべりだす。今日の放課後の方が憂鬱だ。

 そんなことを考えている間にも、終業を告げるチャイムがなった。

 これから生徒会室でプレゼンだ。教室を出るとき、クラスのみんなから声援を受けた。「がんばってね」の声と拍手で見送られる。はぁ~、気が重い。

「おっし、気合い入れて頑張るぞ」

 市ノ瀬くんと気合いは上々だ。

 私たちの作戦は、第一希望の喫茶店を他クラスに譲って、その代わりに、第二希望のプラネタリウムを勝ち取る作戦だ。

 提案者の北見くんも、一緒に生徒会室へ向かう。

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