君と一緒に恋をしよう
#23『学祭準備』
学祭の準備は、北見くんたちが中心になって進められることになった。
教室に小さなドームを3つ、窓にも段ボールを貼り付け、内側に黒い紙を貼って穴を開ける。廊下の掲示板にはポスター、天井からも、発泡スチロールで作った惑星をぶら下げる。
それぞれに作業班を振り分けて、作業が本格化した。
メインとなるドームの担当を、北見くん、私、市ノ瀬くんの3人で、それぞれ班に分かれて受け持つことになった。ドーム作りに立候補したクラスメイトの、5人ずつのチームを作る。
班分けしたといっても、結局は北見くんの指示に従って、ほぼ3つが同時進行での作業になった。
集めてきた段ボールを、北見くんの作った型紙通りに切り抜き、組み合わせる。
いよいよ組み立て段階に入った。
「こっち、押さえてて」
平面の段ボールを球状に組み立てるのは、とても難しい。
三角とか台形とか、複雑なパーツに切り取ったものを、順番にうまく貼り合わせていかないと、上手にできない。
「ここ、ガムテープで貼っちゃっていい?」
「いいよ」
だけど、唯一助かるのは、プラネタリウム場合、大切なのは内側なので、作業しやすい外は、ある程度見栄えが悪くてもいいってことだ。
そこは完成後に、みんなでデコレーションしようという話しにもなっている。
大きくなったパーツを何人かで支えていて、残ったメンバーで、接合部にぺたぺたとテープを貼っていく。
「ちょ、腕が邪魔なんだけど、もう動かせないんだよね」
「いいから下くぐって」
そう言われて、私は市ノ瀬くんの腕の下から顔を出した。そこにあるパーツの間に、ビーッと長く伸ばしたガムテープを貼る。
私は彼の腕と、段ボールドームに挟まれていて、それを支える彼の手が、すぐ目の前にあって、こんなにも近くで誰かの指先を見たのなんて、これが初めてなんじゃないのかとも思った。
「出来た」
「下に置いてみよっか」
三角のぽこぽこ頭のドーム型になった段ボールハウスが、慎重に下ろされた。
手が離されてそれが自立したとき、作業の様子を見ていた他のメンバーからも、拍手がわき起こる。
「やった!」
「とりあえず、一つ目の完成だね」
そう言った瞬間、ドーム上部がぐらりと傾いた。
慌てて支えようと、反射的に飛び出した手と手が重なった。
「案外弱いな」
私の手の上に、市ノ瀬くんの手が重なっている。北見くんが反対側を引き上げた。
「外周りに支柱か、針金みたいなので囲った方がいいかもね」
彼の手は、崩れかけた段ボールドームを、私の手の上から押し上げる。
「そっちはもう大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だよ、手を離してみて」
「分かった」
彼の手が、ふわりと浮いた。
私は、自分の手の平が汗でびっしょりになっていて、ドームにその跡がついてるんじゃないかと思った。
彼の手の平から伝わる熱が熱すぎて、自分の頭までどうにかなってしまいそうだ。
「だけどさ、これに針金って、なんかダッセーな」
市ノ瀬くんは、私から離れていくようにして、ドームの反対側へ回っていく。
「うん、だからさ、段ボールの幅を広めに帯状に切って、中に2本くらい差し込めばいいんだよ」
「なるほど」
落ち着こう、彼はそのまま、次のドーム作りに行ってしまった。
別に、支えてただけだし、私にしても彼にしても、あそこで手を離してしまえば、せっかくの苦労が水の泡になってしまうのだ。
そうなることは私だって嫌だし、彼にしたって、そうしたくなかっただけのこと。
私はドーム作りから離れて、北見くんに言われた通り、支柱となる長い段ボールを切り出すことにした。自分の左手が、他の人から借りてきた手みたいに動かしにくい。
教室で、「きゃあ!」という悲鳴が上がった。振り返ると、やっぱり組み立てたドームが傾いている。それを支えていたのは、奈月と市ノ瀬くんだった。
さっきの自分と同じ状況なのに、なぜか見てはいけないものを、見てしまった気がした。
市ノ瀬くんが押さえたドームの腕に、奈月の腕が重なってクロスしていた。
奈月はすぐに腕を離して、彼に「ゴメン」と謝った。市ノ瀬くんの方は、やっぱり全く気にしていない様子で、奈月はそんな彼の隣に寄り添った。
その行為と距離感がとても自然すぎて、私は、さっきすぐに自分が手をのけなかったことを後悔した。
奈月が正解だ、私はきっと、彼に変に思われたに違いない、恥ずかしい。
切り出された段ボールに、針金をさす作業があってよかった。
私はうつむいて、黙々と作っていられる。顔を上げずにすむから、本当によかった。黙っていても、作業に集中しているみたいに見える。
ドーム作りも3つ目にして、ようやく手際もよくなった。今度はきちんと組み立てて、崩さずに置くことが出来た。
出来上がった針金入りの段ボール補強材を、順番に貼り合わせていく。市ノ瀬くんと、別の女の子がドームを反対側から支えて、北見くんが補強材を貼っていく。
私はその作業には背を向けて、有り余るほどの針金を段ボールに刺した。
「ねぇ、こっちもそれ、もらっていっていい?」
窓を塞ぐ展示担当の津田くんが、すぐ横へやってきてしゃがみ込んだ。
「いいよ、どれだけ持っていく?」
「俺もやってみていい?」
津田くんの大きな手が、細い針金を拾い上げた。うまく刺さればすっと入るけど、段ボールの種類によっては途中で引っかかってしまって、その先になかなか進めない。
「あれ? 引っかかった、これ、意外と難しいね」
津田くんの手から、その板を受け取る。少し前後させてから刺し直すと、上手く奥まで入った。
「ありがと」
そう、こうすればいいんだ。津田くんとなら、普通に出来る。
彼のおかげで、自分の気持ちが上手くリセットできたみたい、私は立ち上がって、後ろを振り返る。
出来上がった三つのドームは、しっかりと立ち上がるようになった。
針金入りの段ボール以外にも、外から内に入ってくる光を防ぐため、隙間を外から埋めていく。
「できた!」
ドーム班が拍手をすると、他のみんなからも拍手がきた。
メインのドームが出来てしまえば、とりあえず一安心は出来る。
「これで、中は黒く塗るの? それとも、紙を貼ってく?」
「いや、プラネタリウムの内側って、黒より白の方がいいんだ」
「そうなの?」
「黒は光を吸収するけど、白は反射するから、白い方がよく見えるんだ」
「へー」
だからこんなに、白い紙をたくさん買ってきてたのか。
「ねぇ、中に入ってみてもいい?」
私が聞いたら、北見くんが笑った。
「いいよ」
「私も入るー!」
同じドーム班の奈月が言った。私たちは、小さな入り口からもぞもぞと中に入る。
「すごーい、出来たねー」
薄暗いドームの中で、奈月が笑った。
「ホントだね」
立ち上がったら、天井に頭をぶつけてしまうようなサイズだ。
奈月は完成したドームの中ではしゃいでいる。私もうれしくなって、一緒にきゃあきゃあ騒いだ。
「俺、そろそろ部活行かないと」
市ノ瀬くんの声がして、奈月はドームの外に顔を出す。
「あれ、市ノ瀬は中を見ていかないの?」
「お前らが先に入ってるからだろ、俺は後で見るよ」
彼女は、教室から出て行く彼に手を振った。
その横顔はとてもきれいで、かわいらしいと思った。
「奈月は行かないの?」
「あっ、そうだ、私も行かないと!」
奈月も、もぞもぞと入り口から這い出した。
「ゴメン、じゃあ行くね」
それを合図に、運動部組が引き上げていった。
彼らが行ってしまった後でも、他の文化部系や、曜日で活動日が決まっているメンバー、帰宅部組が作業を続ける。
後片付けも済ませて、帰り支度が出来あがった頃には、もう辺りが薄暗くなり始めていた。