君と一緒に恋をしよう
#27『夏のおわり』
日が沈むのが、どんどん早くなっていて、私が校舎を出たころには、辺りがすっかり薄暗くなっていた。
それでもまだ園芸部の花壇には、朝顔の蔓がネットに巻き付いていて、収穫を待っている。
私は茶色くカサカサになった実を指で摘まんだ。それを軽くほぐすと、黒くて小さい種が出てくる。それを一つ一つ指で拾い上げて、袋に入れていった。
いつの間にか、周囲が真っ暗になっていた。
「まだ種を取らないといけないの?」
津田くんの声がして、私は後ろを振り返った。
いつからそこにいたのか分からないけど、彼は夏の盛りの時のように、後ろにしゃがみ込んで、私を見上げていた。
違うのは、口にアイスをくわえていないのと、半袖が長袖になっていることくらい。
「ううん、もういいんだけどね、でも、残ってたから」
私は、彼の隣に腰掛けた。津田くんも体の向きを変えて、二人で朝顔に背を向けて座る。
しばらくそうして座ったあとで、津田くんがぼそりとつぶやいた。
「今日、変なとこ見られちゃったね」
「別に、変だなんて思ってないよ」
外灯の灯りが、ここにまでは完全に届いていなくて、薄明かりの中で、ちらりと見る彼の横顔は、別に困っている様には見えなかった。
「なんさ、ああゆうのって、こっちの方が緊張するよね」
「どうして?」
「どうしてっていうか、なんていうか、申し訳ないっていうか、悪いっていうか」
彼は膝に乗せた肘でほおづえをついて、ため息を漏らした。
「何か、メンドくさい。そのまま放っといてくれればいいのに、こっちは散々つき合わされたあげくに、罪悪感まで感じてさ」
私は、茶室の扉の奥から聞こえた、大歓声と悲鳴を思い出した。
あの現象に、津田くんが罪悪感を感じる必要はないと思う。
「津田くんはさ、誰か他に好きな人がいるの?」
彼女をふった理由が知りたくて、そんなことを聞いてみた。
「それ、今の俺に聞く?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど」
彼は足を前に投げ出して伸ばすと、ぶらぶらとその先をゆらした。
「好きな人とか、そんなんじゃなくて、千佳ちゃんのことはこれから先もずっと、友達にしか見れないって、言ったんだ」
「うん、私もそうだと思うよって、言っといた」
「千佳ちゃんと、あの後話したの?」
私がうなずくと、彼は頭を掻いた。
「あぁ、参ったな」
吹く風がずいぶんと涼しくなって、私は巻き上がった髪を元に撫でつける。
「あー、でもそれは本当にそう思ってるし、俺も自分の気持ちに、嘘をつく必要はないでしょ」
「そうだね」
グラウンドの奥で、まだ野球部がバッティングの練習をしている。早く撤収しないと、時間外規定の罰則で、しばらく使用禁止にされちゃうのにな。
「津田くんはさ、彼女いたことあるの?」
「……あるよ」
「いつ?」
「高1の時。中学卒業の時に告られて、何となくつきあい始めたけど、高校は別だったから、そのまま自然消滅? した」
「ふーん……」
私には、その自然消滅の意味が、いつもよく分からない。
なにが自然消滅するんだろう、彼女の存在も、津田くんの存在も、消えてなくなるわけじゃないのに。
「志保ちゃんはさ、誰かに告られたり、告ったりしたことはないの?」
「は? そんなこと、あるワケないじゃない、ねぇちょっと、私のこと、バカにしてんの?」
「違うって、そうじゃなくて! 普通に好奇心で聞いてんの」
彼はイタズラな笑顔を見せながら、頭を傾けた。
「誰かに言ったり、言われたりしたことはないの?」
頭の中で、昔好きだった人のことを思い出してみる。
小学校の時に好きだった男の子、中学の時の、ちょっとかっこよかった同級生、他には……。
「……多分、ない」
「そっか」
津田くんは伸ばした足を元に戻して、両腕で膝を抱え込んだ。
なんだかうれしそうににこにこしながら、ぶらぶら体を動かしている。
「楽しいの? いま」
「まあね」
私が聞いたら、彼は笑った。
私にはその意味がよく分からなくて、だけど、一緒にいてうれしいと思ってくれるのなら、それでもいいかと思った。
「もし好きな人ができたら、一番に俺に教えてね」
彼が約束の小指を差し出す。私は何のためらいもなく、その指に自分の小指を絡めた。
「きゃー、何の約束してんの? あやしい!」
顔を上げたら、そこには奈月と市ノ瀬くんがいた。
「やだ、二人で何の約束したの?」
奈月がにやにや笑いながら、私たちを冷やかす。
津田くんはそれに、くすっと笑った。
「秘密」
奈月が津田くんをからかい続ける隣で、市ノ瀬くんはため息をもらす。
「お前ら、そんなに仲よかったんだな」
「もう帰るんだろ」
津田くんが立ち上がった。
「俺らも帰ろうぜ」
そう言われて、私も立ち上がる。
偶然そこに居合わせた四人で、正門へ向かって歩いた。
奈月はずっと、きゃあきゃあと津田くんにちょっかいを出していて、彼はそれを笑いながら、全部受け流してる。
市ノ瀬くんは私の前を歩いていて、その白い制服の背中しか見えないから、何を考えているのか分からない。
分からないけど、多分怒ってないから大丈夫。私は、奈月と津田くんの冗談に笑った。
正門の横のフェンスには、上川先輩と淸水さんが立っていて、先輩が手を振ってくれた。私はぺこりと頭を下げる。
淸水さんの手が、先輩の制服のシャツにそっと手を伸ばした。
「……、先輩、彼女とヨリを戻したのかな」
市ノ瀬くんが、ぼそりとつぶやいた。
そんな二人の前を横切って、四人で校門をくぐる。
その時の市ノ瀬くんの顔が、どんな顔をしてそれを言っていたのか、私には見えなかったけれども、私も彼に自分の顔が見られなくて、よかったと思った。