君と一緒に恋をしよう
#5『助け船?』
 それ以来、何となく津田くんと話すことが多くなった。

 バスケ部らしい背の高いすらりとした体格で、長めの前髪がさらさらしている。席も近かったし、彼は宿題も真面目にやってくるタイプだ。

「ねぇ、英語の長訳やってきた? お願い、見せて」

 両手をあわせて拝むようにすると、彼はスッとノートを差し出してくれる。

 なんて便利なんだ。

「わー、ありがとう!」

 他の人のノートって、そうでなくても見せてもらうのにちょっと緊張するけど、男の子のノートってなると、やっぱりもっと緊張する。

 ハラリとページをめくった。彼の書く文字は、縦に細長い、少しクセのある角張った字をしている。そんなのを、見ているだけでも楽しい。

「津田くんの書く字って、津田くんって、感じだね」

「は? どんな字だよ」

 彼は、私のノートをのぞき込んだ。

「志保ちゃんの字は、志保ちゃんって感じだね」

 私はびっくりして、彼を見上げると、津田くんはニッと笑った。

 そうだ、体育館にタオルを届けに行ったとき、下の名前を聞かれて、「志保ちゃんと、千佳ちゃんね」って、言われてたことを、ここで思い出した。

「私の字のことは、どうだっていいの」

 彼から隠すように、ノートに覆い被さる。

「そんなに近づけたら、目が悪くなっちゃうよ」

 彼の指先が私の髪に触れ、その束をすくい取った指から、そっと流れて落ちた。

 彼はそのまま前を向いて、別のノートに何か作業をしている。

 その横顔はいたって普通、平穏そのもので、もうそれ以外ことは、頭からすっかり追いやられたみたい。

 私の髪に触れたことも、きっと彼にしてみれば、今やっている古語の問題それ以下の存在、だから私も、和訳の書き写しに集中しよう、だって、早く返さないといけないし、どうでもいいことにドキドキしている場合じゃない。

 昼休みになって、相変わらずぶっきらぼうな市ノ瀬くんが、珍しく自分の方から私と奈月のところにやってきた。

「今日、俺さ、公園の掃除当番なんだけど、初めてでよく分かんないんだよね、どうすればいいの?」

 どうすればいいもなにも、ただほうきを持って、そこに行けばいいだけなのに。

「やったことない人って、そんなことも分かんないんだ」

 私の言葉に、彼はムッとなった。

「だから聞きにきたんだろ」

 一緒に委員会行こうとか、私から誘った時には断るくせに、自分が都合悪くなると、こうやって頼ってくるんだ。

「行けばいいんじゃない? そのまま公園に」

「手ぶらで?」

 掃除にいくのに、どうしてそういう発想になるのだろう、本当に彼は、掃除に行こうという気があるんだろうか。

「志保は、いつもここの教室からほうきを持って、行ってるよね」

 奈月は彼に助け船を出す。

「ほら、後ろのロッカーのやつ」

 彼女は教室の後ろを指差した。そんなとこ、わざわざ見なくなって全員知ってる。だけど、何となく私も市ノ瀬くんも、後ろを振り返った。

「ほうきを持って行けばいいの?」

 彼の発する言葉に、私はいちいち怒りしか感じない。

 そんなことも知らなかったの? どれだけ関心がないんだろう。

「それで、いいんだよね、志保?」

 返事の代わりに、彼を見上げる。彼は、もの凄くモジモジしていた。

「あ、あのさぁ、掃除、代わってとは言わないけど、出来ればひとりってイヤだから、一緒に来てほしいなーなんて」

「私には、いつもひとりで行かせてるくせに?」

「だから、悪かったって、もうしないから」

「ひとりじゃないよ、一緒に当番入ってる人がいるじゃない」

「知らない奴だし……」

 だからって、私がつき合わないとイケナイ理由もないんだけど。

 困り切った彼を見上げて、ふと思う。

 もし私が同じ理由で彼を誘ったら、市ノ瀬くんは私につき合って、一緒に来てくれるんだろうか。

「ヤダ、私、今日は当番じゃないから行かない」

「なんだよ、いいじゃないか、ケチ!」

「じゃあ、私が代わってって言ったら、すぐに代わってくれるの?」

「そ、それは……」

 彼が言葉に詰まった時、奈月は急に手を挙げた。

「はい! 私が一緒に行きます!」

 なんで奈月? と思った瞬間、市ノ瀬くんはそれに飛びついた。

「うお! マジで? 助かるー」

 彼は片手を挙げると、奈月とハイタッチ。

 ちょっと待って、このまま全部、奈月に変わりをさせるつもりじゃないでしょうね。

「分かったよ、今回だけね、私も行く」

「やったー! 小山やっさしー、サンキュ!」

 私には予想もしていなかった、満面の笑顔が返ってきた。

 私は怒ってる、怒ってるのに、この人は全く分かってない。

 それもまたムカツク。
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