君と一緒に恋をしよう
#6『掃除当番』
 放課後になって、結局3人で公園に向かった。

 何なんだろう、この組み合わせ、意味が分かんない。

 奈月はうれしそうに市ノ瀬くんとしゃべっていて、私はこの二人の後ろをついて歩いている。なにやってんだろ、私、バカみたい、変なの。

 公園についてからも、この状況に変わりはなくて、掃除にきているのか、遊びにきているのか、ふざけているのか、それすら分かんないような二人を横目に、私は一人掃除を続けている。

「なぁ小山、お前もそう思うだろ?」

 急にそんなことを振られても、さっきまでの二人の会話なんて、聞いてないんだから、分かるわけないじゃない。

 奈月の手が、市ノ瀬くんの肩に触れた。

「ねぇ、あのさぁ、それで……」

 彼女がそのまま、彼に何かを言おうとした時だった。

「あっれ? 梨愛?」

「やっほー、隼人! お手伝いに来てあげたよ!」

「あれ? お前って、生徒会総務だったっけ?」

「ひっどーい! 何回も言ったじゃない、まだ覚えてないのぉ?」

 突然現れた梨愛に、奈月はぺこりと頭を下げた。

「市ノ瀬くんの、お友達?」

「小学校に入る前からの、幼なじみなんだぁ」

 梨愛は、奈月に向かってにっこりと笑った。

「5組の梨愛です! よろしくね!」

「お前、今日当番だった?」

「んー、隼人が当番になってたからぁ、別の人に代わってもらったー」

 梨愛はちょっとうつむいて、目をそらして、小さな声で可愛らしく地面を掃く。

 私はここについてきた理由が、ますます分からなくなってきて、本当にもう帰りたい。

「なんだ、今日は市ノ瀬の当番だったのか」

 急に太い声がして、振り返ると上川先輩の姿があった。

「なんだよ、だったら来るんじゃなかったなぁ」

 よかった、私は逆にほっとして、上川先輩に駆け寄る。

「お疲れさまです」

「おう、お疲れさま」

 そのまま掃除を始めた上川先輩にくっついていれば、この変な雰囲気に飲み込まれなくて済む。

「あれ、小山って、上川先輩と知り合いだったの?」

 市ノ瀬くんのその言葉に、上川先輩は私を見上げた。

「生徒会総務の子だよね?」

 腕に腕章をつけているから、間違いない、私は生徒会総務の子。

「はい、そうです」

 前にもここで一緒に掃除をしたこととか、何回もお互いに挨拶を交わしたことがあるとか、部活の途中にグラウンドで話したこととか、

 この人には全く覚えてもらってないんだなぁ、まぁ、どれも全部、他の人とついでにいた時のことだったけど。

「前にも掃除、一緒になったっけ?」

「な、なりました」

 彼は、「そっか」とだけ言って、そのまま何にも気にしていない様子だった。

 いいんだ、私だって、変な先入観持たれた状態で、接するのも辛い。これからゆっくり、覚えてもらえれば、それでいいんだ。

「あ、手伝います」

「おぉ、ありがと」

「か、上川先輩も、サッカー部なんですか?」

 初めて、彼に向かって直接名前を呼ぶ。

 サッカー部だってことは、もちろん知ってるけど、返ってくる内容が想定内の返事だと、次の会話の糸口を、前もって準備しやすいからいい。

「うん、よく知ってるね」

「市ノ瀬くんが、前にそう言ってたから」

 私とこの人の接点、生徒会、市ノ瀬くん、立木生徒会長、サッカー、公園清掃……。

「なんだお前ら、ダッセ、こんなところで何やってんの?」

 突然、同じ制服を着た数人の男女のグループが、公園内に乱入してきた。腕章をしていなかった奈月に、男子の一人が絡む。

「え? マジメ? なにしてんの? 何かいい物でも落ちてた?」

 奈月の足元の地面を蹴飛ばして、ワザと土ぼこりをあげる。数歩後ろに下がった奈月を、彼らは笑った。

「おい」

 市ノ瀬くんが、奈月をかばって前に立つ。

「テメーらか、この公園を荒らしまくってんの」

 彼はほうきをつかんだ手を、前に突き出した。

「お前らのせいで、俺たちがどれだけメーワクしてんのか、分かってんのかよ」

「はぁ?」

 三人の男子が、市ノ瀬くんを囲んだ。止めに入ろうとした私をぐっと押しのけて、上川先輩が彼の横に立つ。

「生徒会総務、三年の上川だ、お前ら何年だ?」

 ほっそりとした市ノ瀬くんに比べて、背も高く、肩幅も、その胸の筋肉も、隆々とした先輩が現れたら、彼らは急に大人しくなった。二人の後ろには、私と奈月、菊池さんもいる。

「用がないなら、さっさと帰れ」

 その一言で、彼らは悪態をつきながらもあっさり退散していった。私はほっと胸をなで下ろす。

「ちょっと、こ、怖かった」

 奈月が市ノ瀬くんの袖をつかんだ。

「おう、大丈夫か?」

「今度から、女子だけってのは、やめた方がいいかもな」

 上川先輩が言った。

「爽介に言っとくよ」

「えー! じゃあ、当番の回りがまた狂うじゃないっすか!」

「仕方ないだろ、お前がちゃんとやんないからだ」

「やってますって!」

「いっそ俺らがスカートはいて掃除すっか」

「ある意味斬新ですよね」

「逆に誰も寄りつかなくなるだろ」

「普通にモテたらどうします?」

「やってみるか」

「いいっすね」

 上川先輩と市ノ瀬くんが笑った。

 よかった、こういう時、笑って済ませてくれる人たちがいるって、本当に心強い。

 一緒にいたのが、市ノ瀬くんと上川先輩で、よかった。

 学校へ向かう帰り道、市ノ瀬くんが私の隣に並んだ。

「小山は、大丈夫だった?」

 小さな声で、ぼそりとつぶやく。

 それは、今さっきのことを言っているのか、それとも、今まで一人で(実際には他のメンバーもいたけど)公園掃除を任せてきて、問題はなかったのかということを聞いているのかな? 

 彼の真意は分からなかったけど、今日だけは、彼のことを許してあげられる。

「うん、大丈夫だったよ、ありがと」

 彼は小さくうなずいて、そのまま黙って歩いてたけど、そうだ、私も一言、彼に言っておかなければならないことを思い出した。

「今度から、ちゃんと一緒に行こうね」

「あぁ、分かった」

 素直にそういう返事が返ってきたのが、ちょっと意外だった。

 またなんかぶつぶつ文句を言って、掃除に来ない言い分けを並べるのかと思った。

 なんだ、ちゃんとしようっていう気持ちは、彼なりに持ってるんだな、初めて知った。

 サッカー部のグラウンドの前で、私たちはほうきとゴミ袋を受け取って、二人と別れた。

 市ノ瀬くんと上川先輩は、私たちに手を振ってくれて、フェンスの奥へと走っていく。

「さっきの隼人、ちょっとかっこよかったよね」

 梨愛がそう言ったら、奈月は黙ってうなずいた。

 私の視線は、グラウンドに走り出た二人の背中を追っている。

 ここからは、隣にいる女の子二人の表情は見えないけれども、きっとこの二人も同じ目で、あの人たちの背中を見てるんだろうなって、そんな気がした。
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