君と一緒に恋をしよう
#9『気づかい?』
「お疲れさまー、志保ちゃん、大丈夫だった?」
真っ先に声をかけてきたのは、淸水さんだった。
「えぇ、大丈夫です」
心配してもらって、うれしいのか、うれしくなのか、複雑な気持ちで彼女の接待をうける。
「ここに座って!」
立木先輩の隣の椅子を指定されて、私はそこに腰掛けた。彼女は、私の腕を勝手につかんで点検する。
「あーよかった、怪我はないみたい」
立木先輩は、そんな彼女を見て微笑む。
「すっごく心配してたんだよ、ここで見てて、目の前で豪快に転んだからね」
「もーやめてください、恥ずかしいから!」
私が泣きそうな声で言うと、二人は笑った。
ふいに上川先輩が、テントに顔を見せる。
彼はやっぱりテントの屋根に手をかけると、私の顔を見て「よっ、大丈夫か?」とだけ言って、すぐに別の用件を他の人と話し始めた。
「じゃ、後はよろしくね」
淸水さんは立ち上がると、上川先輩の元へ駆け寄る。
後はよろしくって、なにがよろしくなんだか。
立木先輩を見ると、彼はにっこりと微笑んだ。
「続きの仕事、出来る?」
「はい」
「ゆかりも、ああ見えて怖くはないんだよ」
「……はい」
立木先輩は、私が彼女を怖がってたのに、気づいていたのかな?
そう答えると、先輩は前を向いた。彼は一人、机の上の進行表に目を落とす。
もう一度顔を上げた彼の視線は、淸水さんを追いかけていた。
彼女は上川先輩の胸をぽんと叩いた。上川先輩は、彼女の肩に手を乗せる。
耳元で何かをささやくと、彼女は真剣な顔をしたままで、それに答えた。彼は小さくうなずくと、くるりと背を向けてグラウンドの持ち場に帰っていく。
彼女は他の委員会の仲間たちと、その場に腰を下ろした。
立木先輩と、ふと視線がぶつかった。
彼は少し恥ずかしそうな顔をして、再び進行表に目を落とす。
私は何となくそこに居づらくなって、もぞもぞと立ち上がった。
「ちょっと、行ってきます」
どこに行くのか分からないけど、私はテントの外に出た。
グラウンドでは、次の競技の準備のためにハンド部が用具を引き上げ、サッカー部が入れ替えを始めている。
市ノ瀬くんがコーンを運び、上川先輩が旗をたてた。
立木先輩の横顔は心なしか、ほんのりと赤味がさしていて、私は見なかったことにすることが出来そうにない。勢いでそこを抜け出したものの、行き場所がなかった。
とりあえず、と、一歩を踏み出す。転んでぶつけた肘よりも、淸水さんにつかまれた手首の方が痛かった。私は彼女の存在が残るその腕に、自分の手のひらを重ねる。
立木先輩にも、人には言えない世界があるんだろうな、そう思うと、私の胸も苦しくなる。あんないい人、他にいないのに。
外部にも学校開放された今日は、在校生だけではなく、保護者やその家族とか、たくさんの人達で溢れていた。
どこに行こうか、そうだ、今なら津田くんが巡回の当番だったはずだ。西門で待っていたら、彼がやってくるに違いない。
行き場を見つけた私は、そこへ向かって歩き始めた。
西門についたら、彼はすでに同じ当番の部員と、一緒に立っていた。
「あれ、どうした?」
津田くんの右肘には、大きなガーゼが貼ってある。
「ううん、大丈夫だったかなって、思って」
一言でいいから、謝っておかないといけないのは確かだった。彼は笑った。
「こうやって女の子に心配して見に来てもらえるんだったら、怪我したカイもあるよねー」
一緒にいた男子が、にやりと笑う。
そんなつもりで来たワケじゃないのに、なんかムカつく。
「はは、冗談だよ、ありがと。志保ちゃんは大丈夫だった?」
こういう状況下で、何て言って返すのが一番気が利いた対応になるのか、迷いながらも返事を返す。
彼はうれしそうに、にこにこ笑っていて、怒ってないのは確認できた。
「私、もう行かないと」
「こっちに行くの?」
彼は東門の方を指差した。
「どうせなら、一緒に巡回経路回ろうよ、こっちには行かないの?」
それにつき合うことに、特に問題もなければ、私の生徒会業務にも支障はない。むしろ、マジメに仕事をしてるみたいに見える。
「いいよ」
ちょっと気分が乗らないけど、彼に怪我をさせたのは私だ。
津田くんが歩き出したそのすぐ後ろに、気づけば千佳ちゃんが立っていた。
「あれ、どうした?」
津田くんの声に、彼女はうろたえたみたいだった。
「いや、ちょっと、来てみただけ……」
千佳ちゃんは、手にタオルを握りしめていた。彼女はチラリと私をみて、それから津田くんに近寄る。
「腕、大丈夫?」
彼はとても不思議そうな顔をして、彼女を見下ろした。
「え? うん、さっき、手当てしてくれたよね」
そう言われた彼女は、手にしたタオルを握りしめたままうつむいた。
そのまま押し黙って動く気配がないから、私たちにはどうしていいのか分からない。
「ね、一緒に東門の方まで、巡回に行かない?」
私が声をかけたら、ようやく彼女の足が動いた。私はほっとして隣に並ぶ。
「千佳ちゃんが、手当てしてくれたんだね、ありがと」
何がありがとうなのか分からないけど、とりあえずそう言ってみる。
私たちの後ろには、津田くんと同じバスケ部の人がいて、一緒に歩いている。
「私、救護班だから、それは当然っていうか、当たり前なんだけど」
そんなこと、知ってるよ。
だけど、今のこの状況で、あなたの不機嫌の理由が分からないから、みんな困ってるんじゃない。
「志保ちゃんは、なんで西門に来たの?」
その、返事の難しい質問に、私は答えなければならない。
「いや、津田くんに怪我させちゃったの、気になってたから……」
それで彼女が納得してくれたのかは分からないけど、「ふーん」とだけ答えて、また黙った。
目の前に、ようやく東門が見えてくる。助かった。
私は、くるりと振り返った。
「じゃ、私、もう本部に帰るから」
「うん、ありがとう」
「私も帰る」
津田くんは、にこっと微笑んで手を振ってくれたけど、千佳ちゃんはそれに手を振り返しもせず、うつむいたまま私の後をついてくる。
彼女の方こそ、なんで来たんだろう。
結局、本部のテントに戻るまで、彼女とは一言も口を利かず、そのまま別れた。