白黒つけて、華

俺は姉さんが好きだ。もちろん、女としてだ。
だけど、いきなり男としての面を出しても拒絶されるのはわかっていたので、今は甘えん坊の可愛い弟という面で姉さんに接しているのだ。
最初のうちは何も言われなかったが、両親たちはさすがにもう大きいんだし恥ずかしいからやめなさいって言ってきた。
俺は単純に姉さんに甘えてるんじゃない。
甘えてるという名目で姉さんを触って、いや、過度なコミュニケーションを取っているんだ。
弟という身分なら、手を握っても抱きついても、頬にキスくらいやってもまるで問題無いんだ。
悲しい事に、男として見られていないからこそ成せる技なのだが、大好きな姉さんに触れられるのなら、なんだっていいんだ。
それに、男として見られるなんて、あとからいくらだって出来る。
あと数年はこのままでいさせてもらうつもりだ。
両親もいないし、これからは触りたい放題、……違った。甘えたい放題だ。

「姉さん。今日の夕飯はオムライスがいいな」
「ハルはオムライス好きだよね」

面白そうに言う姉さんに対し、ちょっと拗ねてみた。

「子供っぽいとか思ったでしょ」

すると姉さんは慌てて否定した。

「そんな事無いよ!私もオムライス好きだもん」
「姉さんって子供っぽーい」

俺がイタズラっぽく言うと、姉さんはムキになった。

「あっ、ひどい!ずるい!」
「冗談だよ。俺も手伝うから、一緒に作ろう」
「うん!」

パッと顔に花を咲かせ、姉さんは嬉しそうにパタパタと俺の後ろをついてきた。
姉さんは大人のように振る舞おうとしているけど、時々子供っぽい面を見せてくるので、たまにどっちが年上かわからなくなる。
そういうところも可愛い。
無理してお姉さんぶらなくてもいいのに。
それもあって、姉さんは親にも俺にも甘えてくる事はしない。
幼い頃に父親を亡くした姉さんだって、甘えたい時があったはずなのに、きっとその機会も無くし、やり方も忘れてしまったんだろう。
いつか、俺がもっと心も体も大きくなったら、姉さんをいっぱい甘やかさせてあげたい。
それが、今の俺の一番の目標だ。
そんな幸せな日々がこのまま続くと思ってた。
だけど、それは一週間程で終わりを告げた。

「バイトを変える?なんで?」

姉さんは大学に入ってから、大学の近くのコンビニでアルバイトをしていた。
だが、突然姉さんはそこを辞め、違うバイトを始めると言い出したのだ。

「今までのとこでバイトしてると、家から遠いから、家の事がほとんど出来なくてね。家から近いところでバイトをしようと思ったの」

この提案には賛成だった。
大学と家は離れているので、姉さんに何かあったらと思うと心配でならなかった。
その時にせめて駅まで迎えに行くと言っても、親も姉さんも許してくれず、毎日姉さんの自転車の音が聞こえる度にホッとしてたくらいだ。
家から近いのなら、親たちもいないし、送り迎えくらいなら姉さんも許してくれるかもしれない。
それに、姉さんとの時間も増える。

「でも、うちの近くって、どこでアルバイトするつもりなの。近所に働けるようなところ無いよね?」
「家庭教師だよ。近所のオバサンが紹介してくれたんだ」
「家庭教師ぃ?」

思わず大きな声で復唱してしまった。

「う、うん。ハルと同じの中学二年の男の子。家も、うちから近いんだって」

中二の男子の家庭教師!?
アホか。そんな手綱のついてない獣と個室で女子大生と二人きりなんて。
ライオンの檻に、動けないウサギでも放り込むようなもんだろう。
近所のオバサン、余計な事しやがる。
確かに、姉さんは教師を目指しているのでこのバイトはうってつけだろう。
だけど、姉さんと知らない中二男子が二人きりになるなんて、そんなの俺が許すかよ。

「ちょ、ちょっと待って。父さんたちには言ったの?許可してくれた?」
「うん。自分の体に無理の無い事だったらいいんじゃないかって」

娘の安全面に鈍感だなおい。
世の中の中二男子がみんな俺みたいな良い子だと思ってんのか?
甘すぎる。この年の男はな、頭ん中シモの事でいっぱいなんだよ。
俺は姉さんの事でいっぱいだけど。

「でもさ、別にバイトなんてしなくても、父さんたちから毎月振込みがあるし、必要なくない?」
「十分な金額はあるけど、あまりそれに頼りたくないんだよね。大学の集まりとかで突然の出費もあるし」

そんなくだらないの行かなくていいじゃん。俺と家にいればいいじゃん、って言えたらどんなにいいか。
生憎俺は、まあまあ聞き分けの良い子なんだよ。

「時間は六時から八時までなんだ。これでハルと一緒に夕ご飯食べれるね」

そんな屈託のない笑顔を向けられたら何も言えない。
そう、全ては俺の為なんだ。
姉さんは、俺と一緒に過ごす時間を増やす為に、キモい中二男子に勉強をイヤイヤ教えに行くんだ。
俺が我慢しないでどうする。
それに、あんまり駄々こねると姉さんに嫌われるかもしれない。
それだけは勘弁だ。

「……わかったよ。でも!中学生って言っても男なの忘れないでよ。変な感じになったら絶対電話して。俺、すぐ行ってそいつの事ぶん殴るから」

俺が真剣な顔で姉さんを真っ直ぐ見つめると、姉さんはとても嬉しそうに笑った。

「ハルは会った時から心配性だよね。ありがとう。でも大丈夫だよ」

心配してるのは姉さんの事だけなんだけどな。
他のはどうでもいい。

「勉強を教えるだけだし、それに、私みたいな地味な女に興味なんてわかないよ」

わかってない。姉さんには語り尽くせないほどの魅力がたくさんあるんだ。
それがわからない周りの男はクズだけど、そのおかげで姉さんは誰とも付き合った事は無いらしいので、周りがクズばかりでマジで良かった。

「まあでも、ハルが安心するのなら、電話はすぐに出来るようにしておくよ」

俺の変な気遣いにも、うざがらずにそう言ってくれる姉さんが大好きだ。
こんな素晴らしい人がいるなんて信じられなくて、俺みたいに皮をかぶってるんじゃないかって疑った事はある。
でも、姉さんはただ天使とか女神なだけだった。
多少、楽観的というか、頭が平和とも言えるけど。

「あとさ、俺、もう一個お願いがあるんだ」
「なに?」
「姉さんの事、送り迎えしたい」

姉さんの顔が少し曇った。

「遅い時間じゃないし、家も近いんだよね。ねえ、いいでしょ?」

うーんと、姉さんは唸った。
さすがに中学生を夜にひとりでうろつかせるのには気が引けるみたいだ。
俺は後押しとばかりに、姉さんの両手をしっかりと握り、俺の最終兵器、潤んでくりっとした瞳で見上げる、を発動させた。

「お願いだよ、姉さん。姉さんの事心配だし、俺も姉さんと一緒の時間、増やしたいんだ」

姉さんの瞳がキラキラと輝いて潤み、頬が薄っすらピンク色に染まった。
はい、決まりました。
パッと手を離すと、姉さんは俺の体をギュッと強めに包み込み、俺の頭をわしわしと撫でてくれた。
姉さん曰く、俺の髪の毛はふわっふわなので、たまに犬のようにわしゃわしゃと掻き回したがる。
犬ってのが不本意だが、姉さんが好きだと言うのなら、俺は抵抗せずにおとなしくしててやる。

「ハルぅー!私の可愛い弟!私もハルとずっと一緒にいたいよー!」
「俺もだよ、姉さん」

俺が姉さんの背中に手を回して抱き締め返すと、姉さんは更にギュッとしてくれ、頬にキスまでしてくれた。
ただでさえ胸の圧がすごいのに、更にキスまでされた。
触れたところから熱さが広がっていき、全身がポカポカしてきた。
ずるい。不意打ちだ。
ここで照れてるのを見られたら、意識してるって事がバレてしまうかもしれない。
姉さんに顔を見られないように、俺は姉さんの首元に顔を埋めた。
シャンプーの香りが姉さんの髪からふわりと舞い上がり、いつまでもこのままでいたくなった。

「ハルー、大好きー」

姉さんの“大好き”は、家族としてって意味だ。
そんな事はわかりきってるんだ。
でも、俺の事は本当に弟としか見て無いってのをわからされて、少し悲しかった。

「俺も大好きだよ、姉さん」

帰った時と、迎えに行く時に姉さんに連絡を入れる約束をして、俺は姉さんのバイト先への送り迎えを許された。
このあたりは住宅街で人通りが多いわけでは無いので、不審者の通報もたまにある。
姉さんに何かあってからでは遅い。
俺もこの年で人殺しにはなりたくない。
それに、あわよくば姉さんに家庭教師をしてもらう中学生に、念でも押しておこうとか思ってた。
でもこの時には全く考えていなかったんだ。
そいつが、恋のライバルになるなんて。


つづく
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