奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
【アダムside】

 俺は冷静さを取り戻し、ピエールの傍に歩み寄った。

「ピエール、ちょっといい?」

「ああ、フローラ、ちょっと待ってて。お父様達と先に食事していいよ」

 ピエールは手に持っていたワイングラスを、フローラに手渡した。

 フローラは俺の顔を見つめている。

 フローラ……。
 俺だよ。アダムだよ……。
 本当に、俺がわからないのか?

 俺は動揺を隠せないまま、ピエールと会場の外に出た。

 会場前の広いフロア。
 ピエールは上着のポケットから煙草を取り出し、口にくわえた。

「ピエール、ひとつだけ確認しておきたい事があるんだ」

「何だよ」

「彼女、妊娠してるんだろ」

「それがどうした」

 ピエールは煙草を吹かしながら、俺を真っ直ぐ見据えた。

「子供の父親は……本当にお前なのか?」

「お前、何が言いたいんだよ!俺達は明日挙式するんだ。フローラを侮辱するために、わざわざここまで来たのか!」

「ピエール……。お前こそ、何故俺を招待したんだよ」

「俺は、お前との関係に終止符を打ちたかった。お前が、フローラに想いを残していることくらいわかっている。だから、お前にその想いを断ち切って貰うために招待したんだよ。フローラの子供は俺の子供だ。バカバカしい。俺は他人の子供を身籠もった女性と結婚するほどお人好しじゃない!」

「……そうだよな。すまない。彼女を侮辱するつもりはなかったんだ」

「フローラはお前のことも家族のことも覚えてない。過去は全部忘れてるんだ。事故の恐怖心が、フローラの記憶を消し去ったんだよ。きっと彼女自身がそう望んだんだろう」

「……そうか」

 俺とのことは、消し去りたい過去……。

「フローラがひとつだけ覚えていたものがある」

「……覚えていたもの?」

「虹だよ」

「虹……」

「お前のアパートから見た虹だよ。お前は、フローラを捨てたんだ。あの日、フローラを捨てたんだ。俺は、フローラの記憶が戻らなくてもいいと思っている。フローラは今、俺と結婚したあとの記憶しかない。フローラの心の中にいるのは、俺だけなんだ」

 フローラの心の中にいるのは…… ピエールだけ……。

「俺達はもう入籍したんだ。もうすぐ、新しい家族も増える。アダム、フローラのことは忘れてくれ。フローラは俺が必ず幸せにする」

 ピエールは煙草を灰皿に捻り潰すと、その場を立ち去った。俺は立ち竦んだまま、拳を握り締めた。
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