奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 ―教会、新郎新婦控室―

 記憶なんて、戻らない方が良かった。
 全部忘れていた方が幸せだった。

 記憶なんて、戻らない方が良かった。
 全部忘れていた方が幸せだった。

 記憶なんて、戻らない方が良かった。
 全部忘れていた方が幸せだった。

 ――頭の中で、同じ言葉が渦を巻く。

 呼吸することすら……
 苦しい……。

「フローラ、大丈夫か?フローラ」

 優しい声……。

 あなたはだれ……。

 重い瞼を開くと、視界にぼんやりと浮かんだのは……。

「ピエール……」

「よかった。フローラ、気がついたんだね」

 過去の記憶を取り戻したと同時に、事故後の記憶は薄らぎ、この数ヶ月の出来事は、はっきりと覚えてはいない。

 自分の《《今》》を取り戻すために、ピエールに真実を問う。

「私は……ピエールと暮らしているの?」

「そうだよ。事故後の事を覚えていないのか?」

「記憶が曖昧で……はっきり覚えてないの」

 事故に遭う前に、ピエールに妊娠を告げ、プロポーズされたことは覚えている。アダムの子供を宿した私が、そのプロポーズを受け入れたとは思えない。

「フローラが入院していた時に入籍したんだよ。ヴィリディ伯爵が証人になってくれたんだ。俺達はもう結婚してるんだよ。フローラが安定期に入るのを待って、挙式披露宴をすることにしたんだ」

「私達……もう入籍してるの?」

「そうだよ。一緒に暮らしているんだ」

「でも……この子は……」

「フローラ、わかってる。この子は俺の子供として、立派に育てるから心配はいらない」

 ピエールは私を抱き締めた。

 私は……ピエールと結婚したんだ。
 もう夫婦として暮らしている。

 自分の子供ではないと、わかっているのに。ピエールはこんな私を愛してくれている。

 ――もう……戻れない。

 子供のことは、アダムに知らせるつもりはない。ピエールの強い決意が心に響いたから。

 真実を語れば、自分自身が苦しくなる。
 自分だけではない、アダムも同じ苦しみを背負うことになる。

 アダムの……
 負担にはなりたくない。

 アダムには……
 幸せになって欲しい。

 私のことは忘れて……
 新しい幸せを掴んで欲しい……。

 愛しているから……。

 アダムのことを……
 誰よりも愛しているから……。

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