奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
【フローラside】

 記憶を取り戻した私は、招待客の前で幸せな新婦を演じ続けた。それはピエールや双方の両親のためではない。

 披露宴に参列していたアダムの苦しみを取り除くためだった。

 私が幸せであれば、アダムの熱い想いも断ち切れるはず。

 披露宴のドレスを着用したまま、動くことも出来ないほどの脱力感。

 ――その時、ドアをノックする音がした。

 鼓動がトクンと跳ねる。

 控え室のドアが開き、少し強張った表情のアダムが立っていた。

「フローラ!ピエールじゃない。君に話があるんだ!」

 私には、アダムの話したいことが直ぐに理解出来た。

 アダムには幸せになって欲しい。
 アダムのためなら、嘘をつくことも出来る。

 私はアダムを侮辱するような酷い言葉を並べ立て、アダムを突き放す。

 でも本心は……
 アダムと一緒に、この現実から逃げ出したかった。

 躊躇する私の手を取り、アダムが私を奪ってくれたら……どんなに幸せだろう。

 でも……私の隣に座っているピエールを残し、私はここから逃げることは出来なかった。

 泣くつもりはないのに。
 自然に涙が溢れる。

 言いたくないのに。
 次々と嘘の言葉が出てくる。

 本当は……
 アダムのことを……
 心から愛してるよ……。

 そう言いたいのに、私はアダムを傷付ける言葉を告げる。

 アダムがソファーから立ち上がった。
 目にいっぱい涙を溜めて、アダムが泣いている。

 泣かないでよ……。

『お願い……私を連れて逃げて……』

 心の中で、叫んでいる自分がいた。

 その気持ちを察してか、ピエールは私の手を優しく握り締めた。

 この子を救ってくれたのは、ピエールなんだ。

 そう自分に言い聞かせ、アダムを追いかけたい気持ちを封じ込めた。

 アダムの背中が遠ざかる。
 ドアが締まり、廊下でアダムの嗚咽が響いた。

 ピエールが私を優しく抱き締めてくれた。

「本当にこれでいいのか?」

 ピエールの声も涙で掠れていた。

 ピエールも……苦しんでいるんだ。

 私が……みんなを苦しめている。

 ピエール……そんなこと言わないで……。

 私はどこにも行ったりしないよ。
 あなたを一人にしない。

 だから……泣かないで。

 私はピエールの胸で、泣くことしかできなかった。
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