奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
【15】戻れない恋
【アダムside】

 ホテルの部屋に戻った俺は、魂が抜けたように何もする気にはなれなかった。

 本来ならば、数日プランティエに滞在し、留学中にお世話になったプランティエ大学の教授や知人にご挨拶に伺う予定だったが、全てキャンセルし、明日マジェンタ王国に帰国することにした。

 本当はフローラを奪い、マジェンタ王国に連れて帰りたかったよ。

 でも……
 フローラとピエールの話を聞き、俺はフローラを奪い去ることは出来なかった。

 フローラはピエールを選んだ。
 俺よりも……ピエールを選んだ。

 身重のフローラを残しプランティエを去った俺を、フローラは軽蔑しもう愛してはいない。

 フローラが愛しているのは……
 ピエールなんだ。

 それがフローラの幸せなら……
 俺は二人の前から、黙って消えることしか出来ない。

 ―翌日―

「本当にマジェンタ王国に帰るの?」

 ジュリアが心配そうに俺を見つめた。

「ごめん。こちらでゆっくりしていられなくて。今日帰ることにしたんだ。でも心配しないで、俺はもう大丈夫だから。ジュリアも自分を傷付けたりしないで欲しい」

 俺はジュリアの手首に触れる。

「わかってる。もう自傷なんてしない……」

 俺はフローラのご両親に挨拶を済ませ、ホテルの前で乗り合い馬車に乗る。

 ――『俺はもう大丈夫だから』なんて、嘘だ。

 俺の脳裏には、フローラの泣き顔が焼き付いて離れない。

 プランティエ駅に向かう間……
 俺は……フローラのことだけを考えていた。

 未練がましい男だ。
 自分で自分が嫌になる。

 俺はもう二度とマルティーヌ王国を訪れることはないだろう。

 馬車からプランティエの街を眺める。

 馬車は俺が暮らしていたアパートの前を横切る。三人で過ごした数ヶ月が、走馬灯のように脳裏を過ぎった。
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