奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
「……今さら……そんな」

「私、あの時どうかしてた。本当にごめんなさい。まさか、フローラがアダム君の子供を妊娠してるなんて、知らなかったから……。本当にごめんなさい」

 ジュリアはフローリングの床に土下座し、頭を擦り付けながら、私に何度も詫びた。

 今さらそんな話をされても、私とアダムはもうあの時には戻れない。

「アダム君、今日マジェンタ王国に帰るの。午前十時発の汽車。今からプランティエ駅に行けば、まだ間に合うかもしれない。アダム君ともう一度逢わずに別れていいの?アダム君はもうプランティエには来ないつもりなんだよ」

 私は部屋の置時計に視線を向けた。

 午前九時過ぎ……。
 車でプランティエ駅に行けば、まだ間に合う。

 ――駅に行ってはダメ……。

 そう思う自分と。

 ――もう一度だけアダムに逢いたい。逢ってちゃんとお別れがしたい……。

 そう思う自分がいて、私の気持ちは激しく揺れ動く。

「車をマンションの前で待たせているの」

「……ジュリア?」

「その車を使って」

「……でも」

「早く行かないとアダム君がマジェンタ王国へ帰ってしまうのよ」

「……うん」

 私はバッグを手に取り、マンションを飛び出した。

 マンションの前に停車していた車に乗り込む。

「プランティエ駅まで急いで下さい」

 道路は渋滞していて車はなかなか前に進まない。前方で車の追突事故が発生していて、警察官が交通整理を行っていた。

 ――お願い……早く……。

 お願い……。

 私は心の中で、何度も叫んでいた。
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