奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 プランティエ駅に到着した時には、マジェンタ王国王都ルービリア行きの蒸気機関車が出発する十五分前だった。駅のロビーを探したけれど、アダムの姿はなかった。

 私は駅のホームに急いだ。
 大きな荷物を持ち、蒸気機関車に乗り込む人々の姿。

 その中に……
 一人の男性を見つける。

「……アダム。アダムー!」

 形振り構わず叫ぶと、男性が振り返った。

「フローラ……どうして?」

 困惑しているアダムに、私は走り寄った。周囲の人々の視線は、その時の私は視界に入らなかった。

 私の瞳には、アダムの姿だけが映っている。

「……フローラ」

 アダムは掠れた声で私の名前を繰り返す。

「アダム……行かないで……」

 私は……
 泣きながら、苦しい胸の内を吐き出す。

「……ごめん。俺はまた……フローラを苦しめてしまったんだね」

「アダム。ジュリアから本当のことを聞いたの。私……どうしたらいいの……。どうしたらいいのか……わからないよ」

 アダムは私の体を優しく抱き締め、黙っていた。

 蒸気機関車の出発時刻が迫る。

「俺……。フローラを連れてルービリアに帰りたい。でも、それは出来ないんだ」

「……どうして」

 構内にアナウンスが流れ、アダムの手がゆっくりと離れた。

 アダムの目は涙で潤み、唇は震えていた。

「フローラ……ピエールと幸せに……」

 アダムが私に背を向け遠ざかる。
 蒸気機関車に乗り込む人の波に押され、アダムが見えなくなる。

 アダム……。
 私を一緒に連れて行ってくれないの……?

 アダム……。
 私達は本当に終わりなのね。

 私は……
 アダムを引き止める事も、全てを捨てて着いて行くこともできないんだ。

 蒸気機関車に乗り込むアダムの後ろ姿を見つめながら、私は泣くことしか出来なかった。

 ホームに発車のベルが鳴り響く。

 ――『ピエールと幸せに……』

 その言葉で、私の揺れていた気持ちに終止符が打たれた。
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