奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
「妊娠三十二週(九ヶ月)に入ったら、早期入院しましょう。絶対安静とし病室で出産まで過ごして下さい。時期を見て開産します」

 医師の言葉に私達は頷く。

 どんなに辛いことも、この子のためなら我慢できる。

 どんなことがあっても、必ず無事に産んでみせると心に誓った。

 ◇

 ――その後も体調に変化はなく、私はピエールが大学で勉強している時間を利用して、日中は部屋で画を描いて過ごした。

 窓からは明るい太陽の光が差し込み、マタニティドレスを身に纏った私を包み込む。

 アダムとの再会で、ピエールは前にも増して優しくなった。あの日、私がアダムを追ってプランティエ駅に向かったことを、ピエールは知らない。

「フローラ、キャンバスに何を描いてるの?」

「まだ秘密よ。赤ちゃんが産まれるまで見ないでね」

 ピエールが帰宅する頃には、画に白い布を掛けて見せないようにした。

 この画は、ピエールと産まれてくる赤ちゃんへの最初のプレゼントだから。

 もうすぐ逢えるね……。

 私の赤ちゃん。

 大丈夫……。

 ママ、頑張るから。

 心配しないで……。

 私は毎日胎内に宿る我が子に語り掛ける。お腹の中で小さな命はポコンと手や足を伸ばし返事をしてくれる。

 生命の神秘。
 強い生命力。
 幸せなひととき。

 絵の具の匂いが、気持ちを穏やかにさせてくれる。

 筆を握り、キャンバスに夢中で画を描き続けた。

 大好きなピエールと……
 私達の赤ちゃん……。

 そして……
 あの人の優しい笑顔を想い浮かべながら、私は静かに筆を動かした。
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