奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 破水から数分後、腹部を激痛が襲った。

 あまりの痛みに、思わずその場に踞る。

 その激痛は規則正しい陣痛の波とは異なり、痛みで呼吸をすることすら苦しい。

 太股に生温かいものが伝う。
 手で触れると、掌が真っ赤に染まった。

 脱衣所の床には、大量の血溜まりができている。

 激痛と恐怖で……
 苦痛に顔を歪め声を発することも出来ない。

 電話はリビングの棚の上だ。
 平生ならば、脱衣所からほんの数メートルの距離。

 でも……今の私は……
 歩くことは愚か、立ち上がることすらできない。

 このままでは……
 赤ちゃんが……。

 私は横向きになり右腕で這うように、リビングに進む。僅かな距離に数十分もかけ、上半身を起こし血に染まった右手で、電話のコードを掴み床に落下させた。

 最後の力を振り絞りプランティエ大学附属病院にかけると、すぐに応答はあった。

『はい、プランティエ大学附属病院です。もしもし?こちらはプランティエ大学附属病院ですが、どうされました?大丈夫ですか?』

 私は受話器を握ったまま、痛みから漏れる唸り声を発することしかできない。

 その間も、ドクドクと体から血が流れ出す。

 出血が止まらないよ……。

 意識が……だんだん薄れていく。

 ――『俺、大学に行くけど、留守中大丈夫だよね?無理したらダメだよ。何かあったらすぐにプランティエ大学附属病院に連絡して』

 ピエールの優しい声と顔が……脳裏に浮かんだ。

 ――『フローラ……ピエールと幸せに……』

 アダムの声が……
 鼓膜に蘇る……。

 ――助けて……。

 ピエール……。

 ――助けて……。

 アダム……。

 ――トクントクン……ト……クン……。
 鼓動が不規則になる。

「……フローラ・ロンサー……ル」

 名を告げたと同時に、視界は暗黒に閉ざされ、私は深い深い闇に落ちた……。
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