奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
【17】誕生
【ピエールside】

 俺は講義途中に事務員に呼び出され、プランティエ大学附属病院からの電話を受けた。

 気が動転した俺は鞄も持たずプランティエ大学を飛び出し、病院に向かった。

 プランティエ大学附属病院に到着すると、緊急オペはもう始まっていた。手術中の赤いランプを見つめながら、俺は無事に手術が終わることを祈り続けた。

 フローラを失うかもしれない。

 愛する者に迫る死の恐怖に、俺の手は小刻みに震えていた。

 暫くして、手術室のドア越しに赤ちゃんのか細い泣き声が聞こえた。

「オギャーオギャー」

 声は小さいけど、赤ちゃんは……生きている。

「……産まれた」

 俺はホッと胸を撫で下ろす。

 新生児科の医師と看護師が手術室の中に入った。

 三十分後、医師と共に手術室から出て来たのは、保育器の中で手足を動かしている小さな赤ちゃんだった。

「ご主人ですか?おめでとうございます。女の子ですよ。赤ちゃんは三十二週での出産だったため低体重児です。体重は二千十グラム。暫くは保育器で育てる事になりますが、自発呼吸もできているし肺や心臓も問題はないでしょう」

「先生ありがとうございました」

「胎盤早期剥離を起こしての出産。あと数十分遅ければ、どうなっていたか……。赤ちゃんの命が助かったことは奇跡ですよ。本当に良かったですね」

「先生、妻は……。妻は大丈夫ですか?」

 和やかだった医師の顔が険《けわ》しくなった。

「奥さんは、出血が酷くショック状態を起こしています。全力を尽くしていますが、正直……意識が戻るかどうか……」

「意識が……戻るかどうか……?妻は昏睡状態なんですか?」

「一時は心肺停止状態に陥りましたが、心拍は戻りました。ですが……重篤であることにかわりはありません」

 俺は愕然とした。

 フローラが出血多量でショック状態?
 心肺停止……?重篤……?

 何、言ってんだよ。
 そんなはずはないだろう。

 赤ちゃんの誕生を誰よりも待ち望んでいたんだ。

 それなのに……
 それなのに…………。
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