奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 俺がフローラをマンションに一人残し、大学なんて行かなければ……。

 フローラが入院するまで休学し、傍にいれば良かったんだ。

 激しい後悔に、涙が溢れた。
 小さな赤ちゃんは、何も知らず保育器の中でつぶらな瞳を俺に向けた。

 自分の母親が命の危険に晒され、生死をさ迷っているなんて知る由もない。

 ――神様どうか……
 フローラを助けて下さい。

 この小さな赤ちゃんから、母親を奪わないで下さい。

 俺は手術室の前で、天に祈ることしか出来なかった。

 ――二時間後、俺は病室に案内された。

 病室のベッドの上で、フローラは横たわっていた。

 たくさんの生命維持装置に繋がれてはいたが、出産という大役を果たし安堵したかのように眠っているようだった。

「自発呼吸は微弱ではありますが、消失状態ではありません。意識レベルは深昏睡に値しますが、瞳孔固定も脳幹反射も、脳波の状況も臨床的脳死には至らない。自発呼吸が不可能になれば、喉を切開し人口呼吸器を取り付ける事になります。ご主人は医学生ですよね?奥さんの容態は十分ご理解いただけると思います」

 執刀医の説明は、俺には理解できなかった。

 そんなことが、あるはずはない。

 朝、フローラは笑顔で俺を見送ってくれたんだ。いつもと変わらぬ笑顔で見送ってくれたんだ。

「先生……妻の意識は戻りますよね。先生……妻はすぐに回復しますよね」

「ロンサールさん。奥さんは脳死判定には至りませんが、このまま深昏睡が続く可能性があります。奥さんが目を覚ます可能性は極めて低いと思って下さい」

「そんな……」

 フローラは一生このままなのか?

 自分の子供の顔を見ることも、抱くことも出来ないのか?

 俺は執刀医の胸ぐらを掴む。

「あんた医師だろ!医師ならフローラを助けてくれよ!俺の父はロンサール公爵だ。金に糸目は付けない。治療費ならいくらでも出す。だから……頼むよ」

「ロンサールさん!離しなさい!ここは病室ですよ。重篤患者は奥さんだけではありません。私は医師として全力を尽くすとお約束します」
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