奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 俺は執刀医に深々と頭を下げた。

「取り乱して申し訳ありません。妻を宜しくお願いします」

 執刀医を見送り、俺はフローラの傍に行き手を握る。

「フローラ……。聞こえるか?赤ちゃんは無事に産まれたよ。可愛い女の子だよ。少し小さいけど、赤ちゃんは元気だから心配はいらない。……フローラ、早く目を覚まして抱いてやってくれよ。俺達の赤ちゃんなんだよ。フローラ……早く目を覚ませ」

 あたたかな指先は、俺が語りかけてもピクリとも反応しなかった。

 涙が溢れ……
 体の震えが止まらない。

「フローラ……。愛してるよ」

 フローラの右手を両手で握り、男泣きをする。フローラは深い眠りに落ちたまま、瞼を開くことはなかった。

 ◇

 面会時間を過ぎ、俺はアパートに帰宅する。

 部屋に入ると、フローリングの床は血で染まっていた。

 こんなに、出血したなんて。
 フローラ……さぞ苦しかっただろう。

 掃除道具を探していると、白い布が掛けられたキャンバスが視界に入る。

 ――『赤ちゃんが産まれるまで見ないでね』

 フローラの笑顔が脳裏を過る。
 俺は画に掛けられた白い布を外した。

 描かれていたのは、肖像画だった。

 白いキャンバスに俺が描かれていた。
 俺の膝の上には、小さな女の子。

 大きな目をした可愛い女の子。まだ見ぬ我が子を描いたものだった。

 その女の子の無邪気な笑顔は、どことなくアダムに似ていた。

 キャンバスの端に、一通の手紙がはせてあった。

 水色の封筒。俺は封筒を手に取り手紙を取り出す。手紙には小さくて丸みのあるフローラの文字が綴られていた。
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