奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 フローラに恨まれていると、ずっと思っていた。

 一緒に暮らしていても、常に不安が付きまとった。

 挙式当日、記憶を取り戻したフローラが、俺から離れアダムのところに行ってしまうと思っていた。

 俺は怖かったんだ。
 フローラを失うことが怖かった。

 それなのに……フローラは……
 記憶を取り戻したあとも、こんな俺のことを好きになってくれたのか……。

 フローラの描いた画は、温かな愛情に溢れていた。

「フローラ……許してくれ。フローラ……」

 子供は俺が……
 責任を持って育てるから。

 だから……安心して欲しい。

 あの子の父親は俺だ……。

 フローラの手紙を胸に抱き、涙が止めどなく溢れた。

 ◇

 ――翌日、病院を訪れたが、フローラの容態は昨日と何ら変わらず昏睡状態が続いていた。

 フローラはとても穏やかな顔をし、瞼を閉じ眠っていた。

「……フローラ、赤ちゃんに逢ってくるよ。あとでまた来るからね」

 新生児室に行くと、保育器の中で赤ちゃんは元気に泣いていた。俺が近付くと、不思議なことに赤ちゃんは泣き止んだ。

「おはよう。よく眠れたかい?ママもすぐによくなるからね。それまではパパが毎日逢いに来るから寂しくないよ」

 話しかけると、まだ見えない大きな目で俺を見つめた。

「良い子だ。フローラの描いた画にそっくりだね」

 ――『ねぇピエール。赤ちゃんの名前はピエールが決めてね』

 フローラの言葉を思い出す。

「名前を考えないとな」

 保育器の中に手を入れると、小さな掌が俺の指をギュッと握った。

 この子のためにも、泣いてばかりではいられない。

 この子を守れるのは、俺しかいない。

 小さな手のぬくもりに、本当の父親になれた気がした。
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