奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 その夜、俺は不安で一睡も出来なかった。

 ――フローラ……

 君の傍に行くよ……。

 だから……
 待ってて……。

 ◇

 翌日、ルービリア駅から俺はマジェンタ王国王都プランティエに向けて出発した。長時間の移動を経て、プランティエの地に再び足を降ろす。

 あの日、俺はフローラとこのプランティエ駅で別れた。

 俺を追ってきたフローラの泣き顔。
 身重な体を震わせて、溢した涙。

 そのフローラに……
 俺は別れを告げた。

 プランティエ駅から乗り合い馬車に乗り、俺はプランティエ大学附属病院に向かった。そこは優秀な医師と、プランティエでも高度な医療設備の整った病院だった。

 ピエールは病院のロビーで、俺を待っていた。数ヶ月振りに会うピエールは、少し窶《やつ》れた表情をしていた。

「アダム。待ってたよ。遠方からわざわざありがとう」

 数ヶ月前までは、俺に敵意むき出しだったピエールが、俺に深々と頭を下げた。

 ピエールの話では、フローラの容態に変化はないが、現在は貴族や政財界の重鎮が使用する特別室に入院しているらしい。

 本来ならば、家族や親族しか面会出来ない特別室に、ピエールの親戚だと看護師に嘘をつき入室する。

 広い病室に、酸素マスクの音や心電図の音だけが響き、脳波が波形を描いていた。

 フローラの細い腕にはいくつもの点滴の痕が見られ。内出血で紫色になった痣があちらこちらに見受けられた。

 顔色は青白く無表情で、深昏睡の状態に陥っている事は一目でわかった。

「微弱だけど自発呼吸はしている。血圧も脈拍も脳波も安定している」

「……そうか」

 フローラの容態は俺の想像よりも遙かに悪く、俺はショックから言葉を失った。

「フローラに話しかけて欲しい」

「ああ……」

 俺はフローラのベッド脇に置かれた丸椅子に座り、ピエールの承諾を得て痩せ細った手を握った。
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