奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
「俺、フローラが目覚めた時に、誰に一番傍にいて欲しいんだろうって、考えたんだ。それはきっと俺じゃない。アダムなんだよ」

「ピエール、それは間違っている。フローラはきっとお前に傍にいて欲しいはずだ」

「いや、わかるんだよ。この虹の絵画を見て、フローラの本当の気持ちに気付いたんだ。フローラが一番傍にいて欲しいのは、アダムなんだって……」

「ピエール、俺にそんな頼みをするなんてどうかしてる。フローラのことを愛しているんだろう」

「愛してるよ。だからこそ、そうして欲しい」

 俺は虹の絵画に視線を向ける。
 ピエールの言っていることは、矛盾している。

 でも……俺は……
 今でもフローラを……。

「それからもうひとつ頼みがある。フローラが目を覚ましたら、お前からこれを渡してやって欲しいんだ」

 ピエールが白い封筒を俺に差し出した。

「何が入ってるんだ?」

「離婚届けだよ。俺のサインはしてある。フローラが目を覚ましたらサインをすればいい。アリスターはフローラが目覚めるまで、俺が責任を持って育てる」

「ピエール、お前はそれでいいのか?」

「いいんだよ。決めたんだ。だから、アダム頼むよ。フローラの傍にいてやってくれ」

 ピエールはフローラの描いた肖像画を指で触り、唇を噛み締め俺に視線を向けた。

「わかった。大学のこともあるし、父に連絡して至急留学手続きをとる。アパートも急いで探すよ」

「俺のせいで、本当にすまない……」

 ピエールは深々と頭を下げた。

 俺はピエールがどんな思いで、この離婚届けにサインをしたのかと察すると、胸が締め付けられた。

 戻れるものなら、過去に戻りたい。
 三人で笑い合えていたあの頃に戻りたい。

 ピエールのせいなんかじゃない。
 親友の恋人を好きになってしまった、俺が悪いんだ……。

 それなのに……
 ピエールは、この俺を許すと言うのか……。

「……謝るのは俺の方だ」

 俺達は二枚の絵画の前で、互いの手を握り涙を溢した。
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