奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
【20】天使の笑顔
 翌日、アリスターは退院した。
 ピエールに抱かれ、アリスターは安心したようにスヤスヤと眠っている。

 ―フローラの病室―

 フローラは昨日と変わらず、眠ったままだった。

 ピエールはベッドに横たわるフローラの横にアリスターを寝かせた。ピンクのおくるみにくるまれた小さなアリスター。

 フローラは自分がアリスターを出産したことも知らない。

「フローラ……アリスターだよ。ほら、よく眠ってる。アリスターが生まれて一ヶ月経ったんだよ。大きくなっただろう。瞼を開けて見てやってくれよ。その手で……抱き締めてやってくれよ……」

 ピエールの声は涙で掠れていた。

 ぐずついて泣き始めたアリスターを、ピエールは優しく抱き上げた。アリスターの泣き声にもフローラは無反応だった。

「アダム、フローラのことを頼むからな」

「わかった。ピエール、アリスターのことを頼む」

「俺の娘だ。責任を持って育てるから心配するな」

 ピエールは泣いているアリスターをあやしながら、病室を出て行った。

 俺は眠っているフローラの手を握る。

「フローラ……。俺、もう一度プランティエ大学で頑張ってみるよ。もう、フローラから逃げたりしない。ずっと……フローラの傍にいるから。だから……フローラ。目を覚まして……」

 フローラの右手を両手で握り、自分の額につける。神に祈りを捧げるように、俺はずっと……フローラの手を握り続けた。

 ――数日後、俺はプランティエ大学附属病院の近くにアパートを借りた。マジェンタ王国にいる父に連絡し、荷物を送って貰った。

 父にはフローラのことやアリスターのことを、全て正直に話した。父は衝撃的な事実に困惑していたが、俺の強い意思とピエールの思いに、心を動かされたようだ。

『男として、フローラさんや生まれた子供にきちんと責任を果たしなさい。アダムの人生だ。父さんが口を挟む問題ではない。お前は自分の信じた道を行けばいい。父さんも出来る限り協力はする。お前を信じているからな』
< 134 / 154 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop