奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
「大学に戻るのか」

「ああ、遅れを取り戻すために育児の合間に猛勉強してるよ。俺は医師になる。フローラのためにも、必ず医師になる」

「俺も医師になる。フローラのために……。なぁピエール、アリスターを抱かせてくれないか」

 ピエールはアリスターを抱いたまま、わざと俺から遠ざける。

「いやだよ」

「何でだよ」

「アリスターは俺が育ててるんだよ」

「わかってるよ。ちょっとだけ抱かせてくれよ」

 ピエールは口角を引き上げ、ニヤリと笑った。

「アリスターが笑ったらな。お前と俺、どっちを見て笑うか勝負だ」

「アリスター、ダディだよ」

「アリスター、パパだよ」

 俺達はアリスターの顔に近づき、頬寄せながら二人同時にあやす。他人が見ていたら、完全に怪しい構図だ。

 アリスターは「キャッキャッ」と声を上げて笑った。両手をピエールに伸ばし抱っこをせがむ。

「なっ、俺の勝ちだ。諦めろ」

 ピエールは笑っているアリスターに頬ずりをした。誰が見ても良き父親だ。

 俺達は天使の笑顔に何度も救われた。

 哀しみの淵に立っている俺達にとって、アリスターの笑顔は唯一の救いだった。

 ――そのあと、俺達はアリスターを連れて、病院に行った。

「フローラ、アリスターを連れて来たよ。ほら、よく笑うだろ。笑顔はフローラにそっくりなんだよ」

 ピエールはフローラの耳元で優しく語り掛けた。

 俺達はフローラの好きだった歌を口ずさむ。アリスターはその歌声に手足をばたつかせリズムをとった。

「この歌、フローラ好きだったよな」

 元気だったフローラを思い出し、俺達は歌を口ずさむ。

 フローラ……
 聞こえてる?

 俺達の歌声……
 アリスターの笑い声……。

 君が眠っている間も、時は止まることなく流れているんだよ。
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