奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 それから二、三日が経過。講義が終わり、いつものように構内にあるカフェテラスでピエールと過ごす。

「おい、アダム、お前電話したのか?」

「誰に?」

「誰にって、ジュリアだよ」

「してないよ」

「何でだよ。彼女、お前からの電話を待ってるんだよ」

 そんなに電話したければ、ピエールがすればいいだろう。

「俺さ、九月から一年間留学するんだ。だから、彼女とは付き合えないよ」

 ピエールは煙草をくわえたまま目を見開き、慌てたように灰皿に煙草を捻り潰す。

「お前、サマーバケーションじゃなくて一年も留学するのか?しかも九月って……。俺に相談も無しかよ」

「この間話しただろ。人の話を全然聞いてないんだから。誰に相談しようが、俺の決心は変わらないよ。俺より先にプランティエ大学のに留学するんだから、しっかり医学について学んできてくれよな」

「任せとけ。プランティエの女性について、バッチリ学んでくるから」

「何言ってんだよ?お前、何のために留学するんだよ」

 俺は呆れてものも言えない。

「サマーバケーションだよ。イコール遊びだ。お前も勉強ばかりしてると、脳が固まっちまうぞ。愛という柔軟剤を与えないとな」

 ピエールは笑いながら、再び煙草をくわえた。



 ――何が、『愛という柔軟剤』だ。

 その日の夜、俺は寄宿舎の部屋で彼女から借りた傘を眺めていた。

 彼女は今どこにいるのだろう。
 またいつか逢えるかな?
 もしも彼女と再会できたなら、それこそ奇跡だよな。

 赤い傘を手に取り、彼女の笑顔を思い出す。

 その時、寄宿舎の電話が鳴った。
 パタパタと足音がし、管理人の声が階下から響く。
 
「ウィンチェスターさーん、電話ですよ」

「あっ、は、はい」

 俺に電話だなんて珍しいな。

 誰だよ?

 部屋を出て一階に降りる。寮母さんにペコリと頭を下げ、受話器を手に取る。

「もしもしアダムです」

 受話器から響いたのは、可愛い女性の声だった。

『こんばんは。突然電話してごめんなさい。私……ジュリアです。寄宿舎の電話番号をピエール君から教えてもらって……。夜遅く電話して迷惑だったかな?』
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