奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
【21】奇跡
 ―翌年、九月―

 入園式の一週間前。
 俺達はいつものように、病室に向かう。

「ママ-!」

 アリスターはベッドに上り、眠っているフローラに抱き着いた。

 今まで俺達がフローラに話しかけてきたけど、今はアリスターがフローラに絵本を読み聞かせている。

 アリスターはフローラの枕元にチョコンと座り絵本を広げた。

「むかし、むかし。むかし……むかし……」

「《《昔昔》》ばかりで、先に進まないな」

 俺達は顔を見合せ笑った。
 俺達の賑やかな笑い声に、フローラの小指が少し動いた気がした。

「ピエール……見たか?」

「えっ?何を?」

「今……動いた気がしたんだよ。フローラの小指が……」

「嘘だろ?フローラ!フローラ!」

 ピエールが慌てて、フローラの指先に触れた。フローラは無反応で、いつもと変わらず眠り続けている。

「やっぱり気のせいだよな」

「ああ……そうだな。アリスターの手が当たったんだろう」

 担当医師からは、フローラが目覚める可能性は数パーセントにも満たないと言われていたが、俺達はいつか奇跡が起きると信じていた。

 ◇

 その後も、俺達は医師として多忙を極めた。
 同じ病院にいながら、フローラの傍にずっと付き添うことは出来なくなっていた。

 ――アリスターの入園式当日。俺達は揃って休みを取った。

 男二人に手を繋がれ、アリスターはハシャギながらガーネット芸術大学附属幼稚舎の門をくぐった。

 周りの視線は、眉をひそめ好奇な眼差しで俺達を見つめた。

「俺らさ、絶対勘違いされてるよな?」

「だよな。言っておくが、俺はお前のこと全然タイプじゃないし」

「バ、バカなことを。俺は男に興味はない」

 俺は笑いながらアリスターを抱き上げた。フローラがここにいたら、アリスターの入園をどんなに喜んだことか……。

 フローラ……
 今日はいい天気だよ。

 アリスターもこんなに大きくなったよ。
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