奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 入園式の後、三人で病室に行く。

「ママ-!」

 いつものように、アリスターがベッドに上り、寝ているフローラに抱き着いた。

「ママ、きょうね。ようちしゃにいったの。ともだちもいっぱいいるよ。えっとね……えっとね……」

 アリスターが語りかけると、フローラの小指がピクンと動いた。

「ピエール!?今の……見ただろ?」

「ああ……見たよ!」

「今……確かに動いたよな?」

「ああ……動いたよな?」

 半信半疑のまま、担当医を呼び診察を受ける。担当医は念入りに触診をし反応を確かめるが、指先が動くことはなかった。

「うーん……」

 診察を終え、担当医は腕を組み頭を傾げた。

「もう、四年近く眠ってますからね。意識がなくても神経が何らかに反応し、小指が動いたのでしょう。神経の刺激による反射で、目覚めの前兆とは思えない。君達も医師だから、それくらいはわかるだろう。君達の気持ちはわかるが、もう意識が戻ることはないと思った方がいい」

 担当医の口から出た言葉は、無情なものだった。

 ――あの日から、ピエールは時間の許す限りフローラの病室を訪れた。ベビーシッターに幼稚舎から帰宅したアリスターを連れて、病室を見舞うように命じた。

 担当医に否定されても、俺達は希望を捨てることはなかった。

 俺は勤務が終わると、毎日病室に立ち寄った。面会時間が終わり、照明を落とした暗い室内。

 窓の外の月明かりだけが、病室を朧気に照らす。

 俺は病室の電気は点けず、ベッド脇の丸椅子に座り、フローラの長い髪を指で撫でる。
< 141 / 154 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop