奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 医師と看護師が病室を出た後、俺はフローラの手を握った。

「フローラ……おかえり……。俺……ずっと待ってたんだよ。アリスターは三歳になった。ピエールがちゃんと育ててる。もう……大丈夫だよ。もう……大丈夫だから……」

 閉じられたフローラの瞼から、涙が溢れ落ちた。俺の頰にも、涙が零れ落ちた。

 薄明かりの中……
 俺はフローラにキスを落とす……。

 フローラの頰に涙の雫。

 俺の目からポトリと落ちた涙と交ざり合い、夜空に煌めく星よりもきらきらと光って見えた。

 ◇

 深夜、フローラが目覚めたとピエールに連絡をした。ピエールは電話口で泣いていたが、「アリスターを連れて行きたいから、今夜はアダムが傍にいて欲しい」と言ってくれた。

 早朝、病室を訪れたピエールは、瞼を開けているフローラを見て絶句した。俺はフローラの上半身を少しだけ起こす。

 アリスターは目覚めたフローラを見るなり、フローラに抱き着いた。

「ママ、おはようー!」

 フローラは驚いて目を見開いた。フローラの時計の針は、倒れた時で止まったままだ。

 初めて逢う我が子に、大きく成長した我が子に、フローラの瞳は動揺し戸惑っている。

「フローラ……待ってたよ。やっと……君に逢えた」

 ピエールはフローラに歩み寄り、両手でフローラを抱き締めた。

「この子の名前はアリスター。あの時、君が産んだ女の子だよ」

「アリスターです。ママ、アリスターね、ようちしゃなの」

 アリスターはにこにこ笑いながらフローラに話し掛けた。フローラは昏睡状態が長期間続いたために、言葉を発することも出来ず、全身の筋力も弱り腕を上げることすら出来なかった。

 それでも、アリスターを見つめるフローラの眼差しは、母親が娘を愛しむ優しい眼差だった。
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