奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 フローラは感極まり、涙を溢した。

「ママ、どこかいたいの?なかないで。いいこ、いいこ」

 アリスターはフローラの髪を優しく何度も撫でた。

 愛する我が子に、言葉をかけることが出来ないもどかしさ。

 我が子を自分の両手で抱き締めることが出来ない不甲斐なさ。

 フローラの辛さが伝わり、胸が熱くなる。

 アリスターはそんなフローラをギュッと抱き締めた。

 小さな掌で、フローラの涙を一生懸命拭いた。

「アリスターね。ママにあいたかったんだよ」

 アリスターの言葉に、フローラは涙を溢し何度も頷いた。

 フローラにはかなりのリハビリが必要だった。

 この三年間、筋肉が固まらないように、俺とピエールはフローラの肢体をマッサージし続けた。

 その甲斐もあり、脚や手の関節を曲げることは可能だったが、筋力は弱り自分で寝返りを打つことすら出来ない状態だった。

 俺達の言葉は理解出来るものの、言葉を発することはまだ難しく、「あー……」と吐き出すような声は出せるが言葉にはならなかった。

 精密検査の結果、脳のダメージは避けられず、リハビリをしても言葉を発することは難しいだろうと診断された。

 けれど、俺達は諦めることはなかった。
 フローラが長い眠りから覚めたのは奇跡。

 だとしたら……再び奇跡は起こるはずだと。

 フローラの言語のリハビリや身体のリハビリは毎日行なわれたが、アリスターが語り掛ける方が、一番効果的だった。

「アリスター」

「ア……リ……」

「ママ、じょうずだよ。もういっかいね。《《アリスター》》」

「ア……リ……スター」

「わーい!やったぁ~!」

 ベッドの脇で、小さな先生が両手を上げてハシャイでいる。俺達はハイタッチをし喜び合う。

 フローラの回復はゆっくりではあったけれど、俺達に希望と勇気を与えてくれた。
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