奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
【フローラside】

 私はピエールと二人だけで、話がしたかった。

 思うように言葉が話せない私は、まだ上手く自分の気持ちを表現することは出来ない。

 けれど、このままアダムとアルフォンスドーテに行くわけにはいかなかった。

 アダムから渡されたピエールとの離婚届。私はそれを広げ、ピエールの目を見つめた。

「本気……な……の?」

「うん。もっと早く渡すべきだったんだ。フローラが記憶を失っていた時、俺は君に嘘をついた。フローラの婚約者だと嘘をついた。お腹の子供も俺の子供だと嘘をついたんだ。自分の願望を成就するために、君に嘘をつき婚姻届にサインをさせた。自分の罪に……もうこれ以上耐えられない。フローラとは……暮らせない」

「ピエール……」

「俺は最低の男だよ。フローラやアダムに卑劣なことをしたんだ。謝ってすまされることではないことはわかっている。本当に……申し訳ないことをした。許して欲しいとは言わない……。軽蔑してくれて構わない」

「そんな……こと……できないよ。私こそ……ごめんなさい」

 私はピエールにゆっくりと手を伸ばした。腕を上げることは、今の私にとって痛みを伴いまだ難しい。それでもそうせずにはいられなかった。

 これはピエールの本心ではない。私を気遣う優しい噓だと気付いたからだ。

 痛みを堪えピエールの背中に手を回した。ピエールは私を優しく抱き締めてくれた。

「あ……りが……とう。ピエール」

「フローラ……」

「アリスターを……そだてて……くれて……ありがとう。一緒にいてくれて……ありがとう」

 私の頬を、涙が止めどなく流れる。
 ピエールも肩を震わせ泣いていた。

「わたし……ピエールと結婚して、しあわせだったよ。ほんとう……だよ」

「フローラ……ありがとう。もう自分の気持ちに正直に生きていいんだ。アダムと幸せになってくれ。
 ひとつだけ……頼みがある。アリスターと時々逢わせてくれないか?俺はアリスターを自分の娘だと思って育ててきたから……」

「うん……わかってる。ピエールは……アリスターの父親だよ」

「ありがとう……。フローラ幸せにな。三人で幸せになってくれ……」

 あとはもう……
 言葉にならなかった。

 偽りで始まった結婚生活……。
 でも、ピエールを好きになったことは……偽りじゃない。

 ピエールは私の本心を知った上で、私とアリスターを愛してくれた。

 自分を責め、別れを選んだピエール……。

 この温もりは……
 一生忘れないからね……。
< 151 / 154 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop