奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 アパートに戻り、ピエールが焼いたステーキをペロリと食べた。野菜は青虫の食べ物だと決めつけている野菜嫌いのピエールは、俺が作った生野菜のサラダを口にすることはなかった。

 夕食後、俺は荷物の整理を始める。
 ピエールは廊下に設置された公衆電話で、早速彼女に電話を掛けている。

「もしもし、ピエールだよ。今、プランティエに着いたんだ。今夜はもう遅いから、明日図書館に迎えに行くよ。時間は……そうだな、大学の講義が終わってからでいい?医学部だから、講義をサボるわけにはいかないんだ。明日また電話するよ。じゃあまた」

 いつものピエールとは異なり、随分紳士的な喋り方だ。今まで聞いたことがないくらい柔らかな口調に、俺は驚きを隠せない。

「お前、シャルルと付き合っていた時とは随分違うな。爽やかな好青年を演じてるのか?」

「こら、俺は元々爽やかな好青年なんだよ。今の電話が、本当の俺の姿なんだ。お前といる時は、お前に合わせてやってんだよ」

「どーいう意味だよ」

「そーいう意味だよっ」

「コイツ、居候のくせに!」

「俺の焼いたステーキを、『美味い美味い』って食っただろ。俺がお前の胃袋を満たしてやってんだぞ。感謝しろよな」

「はいはい、胃袋が感謝してますよ」

 俺達は荷物を捌いたまま、ふざけ合う。
 憎まれ口を叩きながらも、ピエールと俺は本音を語り合える大切な親友だった。

 俺達はプランティエでの留学生活をエンジョイすることしか、頭になかったんだ。

 ◇

 ――翌日、俺はプランティエ大学に初登校。サマーバケーションで留学していたピエールのお陰で、事務室でスムーズに手続きを済ませることができた。

 プランティエ大学は外国からの交換留学生も多く在籍し、休憩時間になると様々な言語が飛び交う。英語とフランス語しか理解できない俺には、それ以外の言語が理解できない。

 俺とは対照的に、幼児期から英才教育を受け、数ヵ国語が話せるピエールは余裕綽々で、誰とでも和気藹々と会話し、すでにプランティエ大学に馴染んでいた。

 たった一ヶ月の留学期間だったが、その一ヶ月の差は歴然だ。教授にも一目置かれているピエールに、俺は遅れをとってしまったような焦りすら感じた。
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