奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 プランティエ大学での初講義が終わり、張り詰めていた緊張が緩む。ピエールは彼女との約束もあり、急いでテキストを鞄に突っ込む。

 女に対して常に余裕綽々だったピエールが、まるで十代の少年のようだ。

「アダムも一緒に行かないか?彼女を紹介したいし」

「今日は遠慮しとくよ。久々の再会なら、二人きりの方がいいだろう」

「何だよ。気を使ってんの?」

「一応な。俺は大学の構内やアパートの周辺を散策して帰るわ」

「そっか、俺さ……。今夜は帰らないかも。なーんちゃって」

 ピエールの冗談とも本気ともつかぬ言葉。

 ――『今夜は帰らないかも』

 ピエールの笑った顔が、やけにピュアに見えて、彼女に対する気持ちが本物なんだと、その時感じた。

 ピエールとプランティエ大学で別れ、俺は一人で構内を歩く。大学のスケールも最先端な設備もルービリア大学とは規模が異なる。たくさんの留学生とともに、この大学で様々な知識や技術を学びたい。

 プランティエ大学を出て、アパートまでの道のりを遠回りして歩いた。メインストリートではストリートパフォーマンスをやっている。

 異国の地。
 マルティーヌ王国王都プランティエ。
 中心部から離れた街も活気づいている。身分に関係なく暮らしている皆が生き生きと輝いて見えた。

 ――その夜、ピエールはアパートには帰って来なかった。

 その日を境に、ピエールは俺と行動を共にするより、彼女と過ごすことが増え、俺は勉学に没頭するようになった。

 ◇

 ――プランティエに来て、一ヶ月が経過。

 ピエールは大学の帰りに図書館に通うことが日課となり、時々外泊をするようになった。

 他人の恋に干渉したくない俺は、ピエールの彼女にいまだに逢ったことはない。

 あのピエールを夢中にさせた女が、どんな人なのか興味はあったが、今の俺はプランティエ大学の講義についていくことに必死で、講義を終えてアパートに帰ってからも、テキストや医学書を広げては、勉強ばかりしていた。
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