奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 プランティエに来て数日後、ジュリアからの手紙が届いた。彼女の手紙は途切れることはなく、この一ヶ月ほぼ毎日送られて来た。

 ルービリア大学にいる共通の友人の話や、趣味や読書の話。それは交換日記に書かれていたことと大差はないが、口下手でおとなしい性格の彼女が、手紙では心情を赤裸々に書いている。

【アダム君がいないと寂しい】【アダム君に逢いたい】【アダム君の声が聞きたい】
【アダム君の傍にいたい】

 ジュリアの手紙を読んでいると、ルービリアがとても懐かしくなり、恋しくもなる。

 同封されていた写真は、ルービリアを離れる時に駅で撮影したもの。別れの時に瞳を潤ませたジュリア。

 勉強ばかりしている俺が、ほんの僅かではあるが、心が癒される時間だった。

 ――翌日、プランティエ大学での講義を終えたピエールは、図書館ではなくサマーバケーションでホームステイした家の、ホームパーティーに招待されウキウキしながら出かけた。

 俺は気分転換に、一人で美術館に出掛けた。プランティエは有名な画家も多数存在していて、歴史に名の残る有名な画家の作品も展示されていた。

 美術にも興味があった俺は、有名な画家の描いた裸婦画や風景画に目を見張る。

「……繊細かつ大胆な筆づかい。まるで燃えるような灼熱の色」

『灼熱の太陽の下で働く農民』
『ベッドの上で横たわる裸婦』
『生まれたばかりの赤子を胸に抱く貴婦人』

 展示されている絵画に見とれていると、俺の横で長い髪の女性が立ち止まる。

 顔は見えないが、ふわっと花の香りがした。

 ――以前、どこかで嗅いだことのある匂いだ……。

 トクンと鼓動が速まる。

 彼女は『生まれたばかりの赤子を胸に抱く貴婦人』の絵画に暫く見入っていた。

 彼女がスッと離れると、金色の髪がサラサラと靡いた。

 ――鼻を擽る柔らかな匂い……。

 思わず振り返り、彼女の後ろ姿を見つめた。

 歩いていた彼女が立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。

 美しいシルエット。
 ロングヘアは金髪……大きな目……。
 瞳の色はコバルトブルー……。

 鼓動が大きく脈打つ。

 ――まさか、あの時の……?
 あの……雨の日の……!?

 時間《とき》が止まり……
 スローモーションのように、あの日の彼女と視界の中にいる彼女が重なった。
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