奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 彼女は俺に気付かず、その視線を絵画に向けた。彼女の身形はあの時とは明らかに異なるものの、彼女が赤い傘の女性であることに間違いはない。

「……あの」

 勇気を振り絞り声をかけると、彼女は驚いたように俺を見つめた。美しいコバルトブルーの瞳に、鼓動がトクトクと速まる。

「あの……以前ヴィリディ伯爵家で働かれていた方ですよね?」

「……えっ?働くって……?あの……あなたは……?」

 彼女は不思議そうに首を傾げた。

「ルービリアで……赤い傘を。君の運転していた車がエンストして、赤い傘とピンクのハンカチをお借りした者です」

 彼女が目を大きく見開き、数回瞬きをした。

「あっ!?あの時の!?嘘でしょう」

「俺も驚きました。こんな所で、君に逢えるなんて……」

「あの時は本当にありがとうございました。すぐにプランティエに戻ったから、きちんとお礼も出来なくてごめんなさい。でもどうしてあなたがプランティエに……?」

「俺、プランティエ大学に交換留学で来ているんです」

「プランティエ大学の交換留学生ですか?」

 彼女の顔から笑みが溢れる。

「もしかして、ルービリア大学の留学生ですか?ピエール ロンサールさんのお友達ですか?」

「えっ?ピエールのことを知ってるの?」

「……はい」

 彼女のはにかんだ笑顔を見て、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。

「まさか……君が図書館の?」

「図書館?……はい。私、フローラ ヴィリディです。ガーネット芸術大学で美術を専攻しています。夕方から王立図書館で受付の助手もしてます。今日は休館日なんです。あなたが……ピエールさんのお友達だったなんて、本当に驚きました」

 ガーネット芸術大学で美術を専攻?
 あの時、身につけていた衣服は絵具で汚れていたのか?

 彼女はヴィリディ伯爵家の使用人なんかじゃない。

 ――彼女は伯爵令嬢……。
 
 ずっと逢いたいと想っていた彼女が……
 ピエールの……恋人!?
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