奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
激しく振る雨は、暴風により車内にも降り込んでいる。

「ごめんなさい。エンジンが掛からなくて、家に連絡したいけど、この辺りに電話がある場所を知ってますか?」

「電話ですか?この先のプランティエ駅にならあるかもしれません。あの……ちょっと車に乗っていいですか?凄い雨だし……立ち話もちょっと……」

「気が付かなくてごめんなさい。どうぞ、乗って下さい」

 俺はずぶ濡れのまま、車の助手席に乗り込んだ。友人の送迎車に乗せてもらったことはあるが、女性の車に乗り込むのは初めてだった。

 平民の俺は、自宅に馬車も車もない田舎町イージスで育った。家は裕福でも貴族でもないが、王立イージス高校で成績優秀だった俺は、特待生としてルービリア大学に進学し、医学を学んでいる。

「お邪魔します」

 車に乗り込むと、ふわっと花の香りがした。鼻を擽る柔らかな匂い……。

 前髪からはポタポタと滴が垂れ、緩やかなウェーブのある黒い髪の毛は、雨に濡れ額にへばりついている。

 まるでずぶ濡れになったプードルだ。

 彼女はバッグの中から、ピンク色のハンカチを取り出し、俺に差し出した。

「よかったらどうぞ使って下さい」

「ありがとう」

 花のような香しい匂いのするピンクのハンカチで、濡れた髪を拭きながら彼女に視線を向ける。

「寄宿舎に帰る途中にルービリア駅があります。俺が駅に立ち寄り、駅員に事情を説明しましょうか?」

「本当ですか?お願いできますか?」

 金色に輝くストレートな長い髪が、彼女の肩にはらりと落ちた。

 彼女はその髪を、白くて細い指で束ねるように持ちながら、メモ用紙に自宅の電話番号をサラサラと書きとめる。

 抜けるような白い肌。
 瞳はコバルトブルー、長い睫毛は瞬きする度に揺れ、形のいい薄い唇は、戸惑ったように微笑む。

 彼女の身につけていた洋服は質素なものだった。ズボンやブラウスにはカラフルな絵具が付着していたが、その見窄らしさとは対照的な美しさに俺は思わず見とれた。

 彼女から漂う甘い香水の香りが、車内を優しく包み、車外の悪天候が嘘のようだった。

 彼女は俺にメモ用紙を差し出す。

「私はヴィリディ家のものです。駅員さんに名前を言えば、家に連絡してくれるはずです」

「わかりました」

 ヴィリディ家……。
 どこかで聞いたことのある名前だな……。
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