奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
「ありがとう。私、夕飯作りますね。ピエールが戻るまで、まだ時間あるし。このアパートの先にマーケットがあるのよ。知ってる?」

「うん、時々ピエールと行くんだ」

「もしよかったら、一緒に買い物に行きませんか?」

「そうだね。食材もないし一緒に行こうかな」

 俺は彼女と二人で、近くのマーケットに出掛けた。

 彼女はピエールの恋人……。
 わかっているのに、彼女に微笑みかけられただけで、俺の鼓動は速まる。

 ピエールが『運命の女』だと騒いでいたことが理解出来る。

 俺がずっと……
 逢いたかった女性だから。

 俺も『運命』だと、そう思いたかった。
 けれど……違ったんだ。
 彼女の運命の相手は……ピエール。

 複雑な気持ちを抱えたまま、マーケットに入る。マーケットはたくさんの人で混雑していた。

 プランティエは野菜や果物、肉や魚も豊富で、物価はルービリアよりも安い。彼女は新鮮な貝と玉葱やじゃがいもを手にとり、無邪気に話しかける。

「ピエールはお肉が好きだよね。アダムさんはステーキ好きですか?私はどちらかというと新鮮な野菜サラダや、野菜を煮込んだスープが好き。毎日、ステーキはちょっと……ね」

 僅か数ヶ月の付き合いなのに、ピエールの好みまでわかってるんだ。

「ピエールの好きなもの、よく知ってるね。アイツ、留学してから毎日ステーキ食ってるよ。俺も強制的に付き合わされてる。野菜スープか……。最近食べてないな」

「じゃあ、ミネストローネと牛肉の赤ワイン煮にしましょう。サラダ用のレタスやトマト、焼き立てのパンも買いましょう」

 彼女は楽しそうに食材を手に取る。

 俺は財布を取り出し、彼女が手にした野菜や肉、焼き立てのパンの支払いを済ませる。

 一食でこんなに使っていたら、貧乏学生は火の車だな。でも、今日は特別だ。

 他人の目に、俺達はどう映るのだろう。

 俺達は仲のいい恋人同士に見えるのだろうか。

 ピエールの恋人なのに、俺は不純な事を考えている。

 最低だよな……。

 彼女の口から何度も飛び出す『ピエール』の名前。敬称をつけない呼び方に、二人の親密さが伝わり、俺の胸は締め付けられた。
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