奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
アパートに戻り、彼女は夕飯の支度を始めた。
慣れた手つきで野菜を角切りにし、オリーブオイルで軽く炒め、水を加え弱火でコトコト煮ている間に、別の鍋で貝をオリーブオイルとにんにくで蒸し、白ワインを加える。
野菜サラダを大皿に盛り付けドレッシングを作った。
もう一つの鍋にバターやローリエを加え、切り分けていた人参や玉葱にセロリを加え炒める。バターが馴染んだら牛肉を入れて赤ワインを注いで塩コショウで味を整えて煮る。
「ヴィリディさんは伯爵令嬢なのに、料理上手ですね」
「伯爵令嬢だなんてやめて。フローラでいいよ。ピエールもそう呼んでるし。お父様が再婚するまでは、よく料理していたのよ。お父様は『メイドが作る料理よりも、フローラの料理は懐かしいお母様の味がする』って、誉めてくれた。プランティエでも自炊してるし、こちらに来てもう三年になるから、料理だけは得意なんだ」
「三年?」
「ピエールから聞いてないのね?私ね、ピエールよりも一歳年上なの。こう見えても、アダム君よりお姉さんです。あっ、呼び方は、アダム君でいいかしら?」
彼女はクスリと笑った。
美しい人だと思っていたけど、年上だとは思わなかった。
「俺もアダムでいいよ」
「そう?でも……ピエールがヤキモチ妬くかも」
「そうだね。ヤキモキ妬くかもな。ガーネット芸術大学三年なら、あと一年で卒業するの?美術専攻だよね?ルービリアに戻って画家になるの?」
「絵を描くことは好きだけど、そんなに簡単に画家にはなれないよ。大学院に進むか、美術館で働きたいと思ってるの。でもルービリアには、たぶん戻らないよ」
「どうして?ご両親はそれを望んでいるはずだよ」
「私はプランティエの街が好きだし。ルービリアに、私の居場所はないから」
ルービリアに自分の居場所がない?
時折見せる彼女の寂しげな表情に、俺の気持ちは揺らぐ。
「医学部は六年制でしょう?学費や仕送りも高額でご両親は大変ね。アダムもピエールと同じ公爵家なの?」
「俺は平民だよ。特待生なんだ。仕送りも少ないし、切り詰めて生活してる。今はピエールが食費を払ってくれてるけど、もし一人暮らしだったら、こんな贅沢は出来ないよ」
「全然知らなくて、ごめんなさい。つい、嬉しくて……。私も平生は図書館の受付助手をしながら、生活費を切り詰めてるのよ」
彼女は仕事なんかしなくても、伯爵令嬢だから裕福なはずなのに。そうしなければならない理由でもあるのかな。
「アダム、牛肉の赤ワイン煮は薄味が好き?」
「うん」
「私も。ピエールは濃い味が好きなのよ」
彼女がスプーンで赤ワイン煮のスープを掬い俺の口に入れる。口の中に広がるほのかな酸味と絶妙な塩加減。
「美味い」
「でしょ?私もこれくらいが好き。私達、食の好みが似てるわね」
嬉しそうに笑った彼女の笑顔が、俺には宝石の輝きよりも眩しかった。
慣れた手つきで野菜を角切りにし、オリーブオイルで軽く炒め、水を加え弱火でコトコト煮ている間に、別の鍋で貝をオリーブオイルとにんにくで蒸し、白ワインを加える。
野菜サラダを大皿に盛り付けドレッシングを作った。
もう一つの鍋にバターやローリエを加え、切り分けていた人参や玉葱にセロリを加え炒める。バターが馴染んだら牛肉を入れて赤ワインを注いで塩コショウで味を整えて煮る。
「ヴィリディさんは伯爵令嬢なのに、料理上手ですね」
「伯爵令嬢だなんてやめて。フローラでいいよ。ピエールもそう呼んでるし。お父様が再婚するまでは、よく料理していたのよ。お父様は『メイドが作る料理よりも、フローラの料理は懐かしいお母様の味がする』って、誉めてくれた。プランティエでも自炊してるし、こちらに来てもう三年になるから、料理だけは得意なんだ」
「三年?」
「ピエールから聞いてないのね?私ね、ピエールよりも一歳年上なの。こう見えても、アダム君よりお姉さんです。あっ、呼び方は、アダム君でいいかしら?」
彼女はクスリと笑った。
美しい人だと思っていたけど、年上だとは思わなかった。
「俺もアダムでいいよ」
「そう?でも……ピエールがヤキモチ妬くかも」
「そうだね。ヤキモキ妬くかもな。ガーネット芸術大学三年なら、あと一年で卒業するの?美術専攻だよね?ルービリアに戻って画家になるの?」
「絵を描くことは好きだけど、そんなに簡単に画家にはなれないよ。大学院に進むか、美術館で働きたいと思ってるの。でもルービリアには、たぶん戻らないよ」
「どうして?ご両親はそれを望んでいるはずだよ」
「私はプランティエの街が好きだし。ルービリアに、私の居場所はないから」
ルービリアに自分の居場所がない?
時折見せる彼女の寂しげな表情に、俺の気持ちは揺らぐ。
「医学部は六年制でしょう?学費や仕送りも高額でご両親は大変ね。アダムもピエールと同じ公爵家なの?」
「俺は平民だよ。特待生なんだ。仕送りも少ないし、切り詰めて生活してる。今はピエールが食費を払ってくれてるけど、もし一人暮らしだったら、こんな贅沢は出来ないよ」
「全然知らなくて、ごめんなさい。つい、嬉しくて……。私も平生は図書館の受付助手をしながら、生活費を切り詰めてるのよ」
彼女は仕事なんかしなくても、伯爵令嬢だから裕福なはずなのに。そうしなければならない理由でもあるのかな。
「アダム、牛肉の赤ワイン煮は薄味が好き?」
「うん」
「私も。ピエールは濃い味が好きなのよ」
彼女がスプーンで赤ワイン煮のスープを掬い俺の口に入れる。口の中に広がるほのかな酸味と絶妙な塩加減。
「美味い」
「でしょ?私もこれくらいが好き。私達、食の好みが似てるわね」
嬉しそうに笑った彼女の笑顔が、俺には宝石の輝きよりも眩しかった。