奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 ――と、その時……。
 玄関ドアが勢いよく開いた。

「ただいま!フローラ!フローラ!」

「ピエール、お帰りなさい」

 キッチンにいた彼女の瞳が輝く。
 ピエールはフローラを背後から抱きしめた。

「いい匂いだね。フローラ、何を作ったの?」

 ピエールは今まで聞いたこともないような猫なで声で、彼女に語りかけた。

「ミネストローネと牛肉の赤ワイン煮にしたの。ピエールは牛肉とワインが好きだから」

「大好きだよ。でも、フローラの方が何倍も好きだよ。美味しそうだね」

 ……っ、鼻の下を伸ばし、こっちが恥ずかしくなるようなセリフがよく言えるな。

 俺は視界に入っていないのか?
 ここは俺のアパートだぞ。

「美味しいよ」

 俺は二人の会話に口を挟む。
 ピエールがムッとし、俺を睨み付けた。

「何だよ。アダムいたのか?何でお前に、『美味い』ってわかるんだよ」

「ここにいて悪かったな。スープを味見しただけだよ。薄味で絶品だった」

「むかつくな味見は、恋人の特権だろ?」

 俺達のやりとりを彼女は嬉しそうに目を細めて見ている。

「私が味見をお願いしたのよ。料理も出来たし、みんなで食事にしましょう。ピエール、お皿出してくれる?」

「わかったよ。アダム、テーブルの上の医学書を片づけろ」

「はいはい」

 ピエールは俺のことをどう思っているのだろう。

 俺が雨の日に出逢った女性に、恋心を抱いていたことは、ピエールも知っている。彼女に電話しろと薦めたのはピエールなんだから。

 複雑な気持ちのまま、俺はテーブルに山積みしていた医学書を片づける。

 ピエールはそんな事を忘れたみたいに振る舞っている。

 俺も自分の気持ちを隠すように、二人の前で務めて明るく振る舞った。

 テーブルに並ぶフローラの手料理。
 豪華な食卓に俺達は歓声を上げる。

 これはフローラがピエールのために作った手料理なんだ。

 ピエールはフローラの料理を絶賛しながら、嫌いな野菜をパクパクと口に頬張る。

 愛の力は偉大だ。
 ステーキばかり食べているピエールに、野菜を食べさせるんだから。

「ピエール、サラダは青虫の食べ物なんだよな?」

「バ、バカ、余計なことを言うな。フローラが作ったものを、青虫に食べさせてたまるか」

 クスクス笑っている彼女。
 それは、俺にとっても幸せなひとときだった。
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