奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
「雨の中を呼び止めてごめんなさい。宜しくお願いします」

 彼女は申し訳なさそうに会釈した。

「いや……いいんだ。凄い雨だし。俺も助かった。車で雨宿り出来たし、雨も小降りになってきたし」

「あの……よかったら、この傘使って下さい」

 彼女は車の後部座席に置いてあった赤い傘を俺に差し出した。

「えっ?いいの?でも……返さないといけないから」

「そのハンカチも傘も返さなくていいです。これ、貰い物だし、傘なら他にもあるから」

 彼女は女神のように微笑んだ。

「でも……」

「本当にいいの。助けていただいたせめてものお礼です。どうぞ使って下さい」

「……じゃあ……借ります」

 俺は彼女から傘を受け取り、借りたハンカチを鞄の中に突っ込んだ。

 車から降りようと、助手席のドアに手を掛けた時……。

「わぁ……見て……」

「えっ?」

 俺は車の前方を見る。
 さっきまでの豪雨が嘘だったみたいに止み、黒い雲の間から太陽が現れた。

 ほんの一瞬だけ雨が上み、建物の上空に綺麗な虹が架かる。

「……綺麗」

「本当だ……。さっきまでの豪雨が嘘みたいですね」

 俺達は車の中で、暫くその虹に見とれていた。

 ――七色の虹……。

 今にも消えそうな淡い色彩……。

 それなのに神秘的な色を放ち、空をパステルカラーに染めている。

 再びポツポツと降りだした雨に、虹は一瞬で姿を消した。

「……俺、行きます。必ず電話しますから、ここで暫く待っていて下さい」

「本当にありがとうございます」

 重なる視線に、俺の胸はキュンと締め付けられた。

 ――『一目惚れ』なんて言葉、今まで信じたこともなかった俺が、不思議な感情に心を支配されていた。
< 4 / 154 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop