奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 フローラを忘れるなんて出来ない。
 だから、フローラへの気持ちは胸に閉まっておく。

 俺はピエールが好きだから。
 ピエールは俺の大切な親友だから。

 だから、二人の恋の邪魔はしない。

 そう思っているのに、俺はどんどんフローラを好きになる。

 フローラの笑顔……。
 フローラの何気ない仕草……。

 ピエールに向けられた全てが、羨ましいとさえ思った。

 気持ちを隠して、俺はフローラと接する。

「ね、聴いてアダム。この曲、私好きなのよ」

 ラジオのボリュームを上げ、フローラが頬を緩ませた。社交ダンスを踊るようにドレスの裾を翻す。

 無邪気な笑顔に、俺の頬も自然と緩む。

「フローラはクラシック音楽が好きなんだね」

「クラシック音楽は絵画に通じるものもあるし、心が落ち着くの。アダムもそうでしょう?」

「うん。俺もクラシックは好きだよ。生まれ育った町を思い出す」

 ラジオから流れる静かなメロディーを聴きながら、会話が弾む俺達。珍しく口数が少ないピエールは、黙ってワインを飲んでいた。

「どうしたの?ピエール?今日は静かね。何か簡単なものでも作るわ」

「いらないよ」

 ピエールはぶっきらぼうに答える。
 明らかに不機嫌で、怒っている。

 俺には、ピエールがどうして怒っているのかわかっていた。

 隠したくても、隠しきれない想い。
 三人でいるのは、もう限界かもしれない。

 フローラと友達でいることが、俺も辛くなってきたんだ。

 そんな俺の気持ちを、ピエールは全て察している。

 俺達の関係が……
 砂山のように、少しづつ崩れ始めていた。
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