奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
【5】亀裂
 ―数日後―

「アダム、プランティエに来てもう二ヶ月だ。約束より一ヶ月遅れたけど、俺、この部屋を出て行くよ」

 突然のことに、俺は驚きを隠せない。
 ピエールはずっとここで暮らし、楽しい学生生活が続くと思っていたからだ。

「えっ?出て行くのか?」

「一ヶ月のつもりだったのに、つい長居をしてしまった。いい物件見つけたんだ」

「そうか……出て行くのか。寂しくなるな」

「今まで世話になったな。新しいアパートは、フローラのアパートから近いんだ。歩いて十分くらいかな。親の手前、堂々と同棲するわけには行かないからさ」

 ――『同棲』
 その言葉に、俺はショックを隠せない。

 ピエールがここから出て行く。
 即ち、フローラがもうここに来ることはない。

 ピエールが出て行くことよりも、フローラに逢えなくなることの方が、俺には辛く感じられ寂しかった。

「そっか、フローラのアパートと近いなら安心だな。女性の一人暮らしは何かと物騒だし。ピエールが近くに住めば、フローラもきっと心強いよ」

 俺は笑顔を作りながらも……
 心が……張り裂けそうだ。

 ――翌日、引っ越し業者により、ピエールの荷物がなくなった。

 空っぽになった部屋に入る。

 もともと、一人で住むつもりだったのに、ピエールとフローラのいない空間は寂しくて堪らない。

「こんなに、広かったんだ……」

 ソファーに座ると、賑やかに食卓を囲み笑い合っていた日々を思い出す。

 フローラの美しい笑顔……。
 フローラの優しい笑い声……。
 フローラの魅力的な眼差し……。

「……フローラ」

 俺は、最低な男だ。

 俺は……
 親友の恋人に、まだ恋をしている。
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