奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 ルービリア駅の構内に入り、駅員に電話を貸して欲しいと頼む。蒸気機関車の汽笛が俺の声を掻き消した。大きなカバンを持った乗客が駅のホームへと急ぐ。

 駅員は訝しげな眼差しで俺を見て、首を左右に振った。

「ダメだ。ダメだ。駅の電話は学生の私用電話じゃない」

「お願いします。ヴィリディ家に連絡するように頼まれたんです。車が故障して、困ってるみたいで。お願いします。電話を貸して下さい」

「ヴィリディ家?えっ、ヴィリディ伯爵家ですか!?どうしてそれを早く言わないんだ。私から連絡します。電話番号を教えなさい」

 ヴィリディ家の名前を告げると、駅員はあからさまに態度を変えた。

 人を外見や身分で差別するなんて、許せないな。

 いや、ちょっと待て。
 今、何て言った?

 ヴィリディ伯爵家だって!?
 まさか……!?

 俺は手にしていた赤い傘に視線を落とす。

 ――もしも……
 運命の出逢いが、あるとしたら……。

 こんな出逢いをいうのだと、勝手に妄想していた俺……。バカだな……。

 でも、伯爵令嬢が自ら運転するはずはない。服装も質素なものだったし、汚れていた。

 彼女はきっと使用人だ。

 彼女に借りた傘をさして、俺は虹の架かっていた方向へと歩いた。

 俺は彼女に、自分の名前を言わなかった。
 彼女も俺に、自分の名前を言わなかった。
 
 彼女は俺の名前を、聞かなかった。
 俺は彼女の名前を、聞かなかった。

 俺はただの通りすがりだ。
 困っていた人を助けたに過ぎない。

 運命の出逢いなどこの世にはないのだと、俺は自分に言い聞かせながら小雨の中を歩いた。
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