奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 ピエールの瞳の奥が鋭く光る。

「俺はフローラが好きだ。ピエールには申し訳ないと思っている。でも、本気なんだ。……すまない」

「すまない?笑わせんな、すまないだと!俺はお前にだけはフローラを渡さないと言ったはずだ!」

「ちゃんと話を聞いてくれ。俺達は……」

「目障りなんだ。お前なんか、とっととルービリアに帰っちまえ!フローラは俺の女だ。これ以上俺を怒らせたら、ルービリアで医師になれると思うなよ」

 ロンサール公爵は王都ルービリアでは絶対的権力を持つ。医学生の一人を国から追放するくらい簡単なことだ。

 俺だけならまだいい。
 父も職を失い国から追放されてしまうだろう。

 ピエールの言葉が胸に突き刺さる。

 ――『とっととルービリアに帰っちまえ!』

 俺は……
 フローラを残して、ルービリアには帰れないよ。

 俺は……
 約束したんだ。

 フローラを泣かせたりしないと、約束したんだ。

「ピエール、待ってくれ。俺達は真剣なんだ。俺の話を聞いてくれ!」

 ピエールは俺の言葉を無視し、その場を立ち去った。

 どんなに愛していたとしても、伝わらない想い。

 どんなに言葉を並べても、伝わらない気持ち。

 ピエールの苦しみは、俺の苦しみでもあった。
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