奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
【8】報い
 それから数日。

 大学の講義が終わりアパートに戻ると、ドアの前に女性が踞っていた。女性の横には赤いバッグがひとつ。

「……ジュリア?ジュリアなのか?」

 女性は俯いていた顔を上げる。

「アダム君、来ちゃった」

 ジュリアは長旅の疲れも見せず、にっこりと微笑んだ。

「来ちゃったって、わざわざプランティエに?」

 ルービリアからプランティエまでは蒸気機関車で十時間はかかる。女性の一人旅はさぞ不安だっただろう。

「だって、手紙の返事もくれないし。何かあったのかなって……」

 毎日送られてくる手紙に、毎日返事は書けないよ。それに……それどころではなかったんだ。

「だからって、プランティエまで来なくても。よく俺のアパートがわかったね」

「手紙の住所だけではよくわからなくて、ピエール君に電話して教えて貰ったの」

 ピエールに……?
 あいつがここをジュリアに……。

「立ち話しもなんだから、とりあえず入って」

 俺はドアに鍵を差し込み、ジュリアのバッグを持った。今まで女性をアパートに招き入れたのは、フローラしかいない。

 ジュリアはフローラの義妹だから。
 十時間もかけて訪ねてきたジュリアを無下にすることは出来なかった。

「わぁ~!室内は思ったよりも広いのね。隣国だけど多国籍民族が多くて、ルービリアとは違うね。プランティエ駅からここまでくるのに、乗り合い馬車の中で他国語が飛び交っていたからドキドキしたんだ」

「そうだよね。俺も初めて来た時はドキドキしたよ。このアパート築年数は古いけど、一人だと広すぎるくらいなんだ。ジュリアは珈琲でいい?」

「うん。ピエール君、本当に出て行ったのね」

 おとなしい性格のジュリア。それなのにあまりにも大胆な行動に驚きを隠せない。
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