奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 ――あれから、数日が経過した。

 俺は寄宿舎の部屋にある赤い傘と毎日にらめっこしている。

 この傘を見ていたら、女神のような彼女の微笑みが脳裏に浮かび、心が穏やかになれるからだ。

 鞄の中には、ヴィリディ伯爵家の電話番号が書かれたメモ用紙。

 電話を掛ける勇気さえあれば彼女と話はできるが、彼女はヴィリディ伯爵家に仕える運転手。使用人に電話を取り次いでもらえるはずもない。

 大体、彼女の名前すら知らないのだから。

 でも、傘とハンカチを返す口実なら、彼女にまた逢えるかな?

 ――もう一度、彼女に逢いたい……。

 名前も知らない彼女に、俺は想いを募らせた。

 ◇

 ―ルービリア大学 カフェテラス―

「アダム、何だよ相談って」

 俺の親友、ピエール ロンサール。
 ロンサール公爵家の子息だ。ルービリア大学は公爵家や伯爵家といった爵位を持つ子息や子女がもっとも多く、特待生以外平民は殆どいない。

 ピエールは身分の異なる俺を、友だと認めてくれた唯一の学生だった。

 切れ長でグリーンの瞳。サラサラとした黄金色に輝く髪色。高身長で女に不自由したことがないほどのプレイボーイだが、公爵家を鼻にかけない異端児だ。公子でありながら医学を学んでいるのだから。

 俺はアダム ウィンチェスター。ピエールと同じ医大生。黒髪にブラウンの瞳。外見は地味でピエールのような華やかさはない。しかも恋は奥手で女性と付き合った経験も少ない。

 彼女とのことで悩んでいた俺は、女性の扱いに手慣れているピエールに相談することにした。

「実は俺、一週間前に知らない女性に傘とハンカチを借りたんだ」

「それで?」

「返却不要だといわれたが、もらう理由もないから、その傘を返そうと思ってるんだ。突然電話したら、彼女どう思うかな?」

「電話番号を知ってるのか?」

「彼女から電話番号を書いたメモ用紙を貰った。車が故障していて困っていたから、俺がルービリア駅の駅員に頼んで家に電話して貰ったんだ」

「なるほど、車があるなんて随分裕福な家庭なんだな。しかも自分で運転するなんて、女だてらによほどのじゃじゃ馬か、その家の使用人かのどちらかだな。考える必要はないだろう?その女に興味があるなら電話すればいい」

 彼女がヴィリディ伯爵家の者だとは、ピエールには言えなかった。それを口にすればさすがのピエールも反対するだろう。

「ピエールならそう言うと思ったよ」

「だったら、俺に聞くなよ」

 ピエールは俺の顔色を見ながら、ニヤニヤと口角を引き上げ笑った。
< 6 / 154 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop