奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 ――深夜、激しく鳴る電話の音が二階に響く。ドアをドンドン叩き俺の名を呼ぶ管理人の声に目を覚ます。

「アダムさん、ヴィリディさんから電話だよ。こんな深夜に勘弁して下さいよ」

「……すみません。すぐに行きます」

 部屋着のまま一階に降り、管理人に頭を下げ電話にでる。

『アダム……!大変なの!』

 電話に出ると、フローラはかなり取り乱していた。

「フローラ、どうかしたの?」

『ジュリアから……さっき電話があったの。死ぬって……今から死ぬって……』

「死ぬ……?」

 俺は混乱していた。
 ジュリアがフローラに自殺すると電話をかけたなんて……。

『ジュリアはアダムのアパートに泊まってないの?今、どこにいるの?』

「この近くの、セントリアホテルだよ。今からすぐに行く」

『お願い、私もすぐに行くから』

 俺は部屋に戻り急いで着替えを済ませ、アパートを飛び出した。

 深夜、歩道を全速力で走る。
 息を切らしセントリアホテルに飛び込んだ。ホテルのフロントでベルを鳴らしベルボーイを呼ぶ。

 事情を説明し、ホテルマン《支配人》と一緒にジュリアの泊まっている部屋に向かった。

 部屋のドアを叩き声を掛けても、室内から応答はなかった。

 ホテルマンがマスターキーでドアを開け、俺達は室内に入る。室内にジュリアの姿はなく、浴室から微かにシャワーの水音がした。

 恐る恐る浴室を覗くと……
 バスタブは血で真っ赤に染まっていた。

 バスタブから右手はだらりと下がり、タイルには血のこびりついた剃刀。

 左手はバスタブの湯に浸かり、血の海だった。生気が失われたジュリアの唇は紫色に変色していた。

 俺は恐怖から足が竦み、その場から動けなかった。
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