奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
「俺、聞いててやるから、彼女の家に電話してみろよ」

「い、今ここで?」

「そうだよ、今ここで。アダムは女には奥手だからさ。そうでもしないと絶対自分からかけないだろ」

 確かにそうだけど、カフェテラスの公衆電話からかけるには抵抗がある。

「早く電話しろ」

 俺はピエールにせかされ、渋々電話を掛けた。鼓膜に響く呼び出し音を聞きながら、鼓動はドキドキと音を鳴らした。

「も、もしもし……」

『はい。ヴィリディでございます』

 侍女らしき、落ち着いた年配の女性の声。

「あの……そちらに若い女性の運転手はいらっしゃいますか?」

『若い女性の運転手?当家には女性の運転手はおりませんが?』

 女性の運転手はいない……?
 だったら彼女は、侍女?

 困惑した俺は、かなりテンパっている。

「あの、先日車のトラブルでヴィリディ伯爵家の方に傘を借りた者ですが……。その時の傘をお返ししたいのですが……」

『車のトラブルでございますか?あなた様は先日親切にして下さった方でございますか?』

「……えっ、あっ、はい」

『その節はどうもありがとうございました。執事のベルから話しは伺っています。もうこちらにはいないので、お電話をお繋ぎすることはできません。傘はお気になさらないで、そのまま使って下さいませ』

 ヴィリディ家の侍女に、取り次ぎを丁重に断られた。

「でも……それでは……」

『本当によろしいのですよ。わざわざお電話を下さりありがとうございました』

「……いえ、こちらこそ。失礼します」

 意図も簡単に玉砕だ。
 ヴィリディ伯爵家の使用人だと思っていたけれど、もう屋敷にいないとは。
 あのトラブルでクビになったに違いない。

 だとしたら、もう二度と彼女に逢うこともない。せめて名前だけでも聞いておくべきだった。

「何だよ?あっさり振られたみたいだな」

 ピエールが呆れたように俺を見た。

「ああ、彼女はルービリアにはもういないらしい」
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