奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 ――五月初旬。

 私は体調の変化に気付く。
 朝、目覚めると胃に不快感があり、気分が悪くむかむかして吐き気を伴った。

 食欲もなく、体はだるい。
 風邪に似た症状で微熱もある。

 プランティエ大学附属病院の産婦人科外来で受診すると、医師の口から出た言葉は驚くべきことだった。

「おめでとうございます。妊娠三ヶ月ですね」

 妊娠……!?

 嘘でしょう……。

 アダムやジュリアのことがあり、精神状態が不安定な生活をしていた私は、自分が妊娠していることにすら気付けなかった。

 私はまだ大学生だし、アダムにこのことは絶対に言えない。

 でも……体に宿った小さな命を殺してしまうなんて、私には出来ない。

 自分はどうしたいのか……。
 自分はどうするべきなのか、わからなくなっていた。

 夕方、いつものように図書館でバイトしていると、ピエールが訪れた。

 ピエールは私に優しい眼差しを向けた。

「どうしたの?顔色も悪いし、大丈夫?」

「ちょっと体調が悪くて……」

「早退させて貰えば?俺がアパートまで送るよ」

「……そうするわ」

 館長に体調不良を告げ、早退させてもらうことになった。

 図書館の外に出ると、いつものベンチに腰をかけ、ピエールが待っていた。

 吐き気をもよおした私に気付き、慌てたようにベンチから立ち上がる。

「フローラ、大丈夫?時間外だけど、プランティエ大学附属病院で診てもらおう。俺、付き添うよ」
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